輝く鎧に身を包み、空飛ぶ馬に乗って戦場を駆ける美しい乙女たち。北欧神話を代表するヒロインであるヴァルキュリア(ワルキューレ)は、死ぬべき運命にある勇者を見定め、最終戦争ラグナロクに備える主神オーディンの私設軍隊へスカウトする重要な役割を担っています。彼女たちの美しくも苛烈な姿は、古来より多くの芸術家や物語作家のインスピレーションの源となってきました。
その名は「戦死者を選ぶもの」
ヴァルハラへの案内人
ヴァルキュリア(Valkyrie)という名前は、古ノルド語で「戦死者(valr)を選ぶもの(kyria)」を意味します。これは彼女たちの役割そのものを表しています。人間界の戦争に介入し、どの戦士に勝利を与え、どの戦士を死なせるかを決定する権限をオーディンから与えられているのです。
彼女たちが選んだ勇敢な魂は「エインヘリャル」と呼ばれ、天上の宮殿ヴァルハラへと運ばれます。そこで彼らは、来るべき世界の終末ラグナロクで、巨人族や怪物たちと戦うオーディンの軍勢として再び剣を取るために、昼は死ぬまで戦い合い、夜は傷を癒して猪の肉(サエフリムニル)と尽きることのない蜂蜜酒で宴を開くという、戦士にとっての理想郷での日々を送ることになります。
蜜酒の給仕役
戦場では恐ろしい「死の女神」としての側面を持つヴァルキュリアですが、ひとたびヴァルハラに戻れば、英雄たちをもてなす給仕役を務めます。彼女たちが注ぐ角杯の蜂蜜酒は、戦士たちの疲れを癒やし、明日への活力を与える源となります。このように、ヴァルキュリアは「死」と「癒やし(再生)」の両面を持ち合わせた、非常に両義的な存在として描かれています。
悲劇のヒロイン・ブリュンヒルデ
神の怒りと愛の代償
数あるヴァルキュリアのエピソードの中で最も有名で、かつ悲劇的なのが「ブリュンヒルデ」の物語です。彼女はオーディンのお気に入りの戦乙女でしたが、ある戦いでオーディンの意に反して、自分の推しの王(アグナル王)に勝利をもたらしてしまいます。
この反逆行為に激怒したオーディンは、罰として彼女から神性を奪い、ただの人間へと堕としました。さらに「炎の輪」で囲まれた山頂の城で長い眠りにつく呪いをかけ、「炎を越えてきた勇者と結婚せよ」と命じたのです。これには「臆病者には彼女を目覚めさせられない」という、元戦乙女としての最後の誇りを守る意味もありました。
英雄シグルドとの出会いと別れ
長い時を経て、彼女を救い出したのは竜殺しの英雄シグルド(ジークフリート)でした。彼は恐れを知らぬ勇気で炎の壁を突破し、ブリュンヒルデの口づけで彼女を目覚めさせます。二人は運命的な恋に落ち、永遠の愛を誓い合います。
しかし、運命は残酷でした。シグルドはその後、媚薬を飲まされてブリュンヒルデの記憶を失い、別の女性(グドルーン)と結婚してしまいます。裏切られたと思い込んだブリュンヒルデは、愛憎の末にシグルドの暗殺を画策。彼が殺されると、自らも炎の中に身を投じ、死後の世界で彼と結ばれることを望んだのでした。 この壮絶な愛の物語は、後にワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』の元ネタとなり、世界中で愛されるオペラの傑作となりました。
本来の恐ろしい姿
死肉をあさる魔女たち
19世紀ロマン主義の影響を受けた絵画では、ヴァルキュリアは白鳥の羽の兜をかぶり、美しい鎧をまとった清廉な乙女として描かれます。しかし、より古い伝承やスカルド詩においては、もっと原始的で野蛮なイメージを持っていました。
彼女たちは血まみれの戦場をカラスやオオカミのように飛び回り、死体を貪り食う、あるいは死者の血で布を織る恐ろしい魔女のような存在として語られることもありました。「死の選定者」という役割は、古代の人々にとって「理不尽な死」を擬人化したものであり、美しさよりも恐怖の対象だった可能性があります。 時を経て、騎士道精神やロマンスの要素が加わるにつれて、現在のような「高潔な女戦士」へとイメージが洗練されていったのです。
現代作品でのヴァルキュリア
ヴァルキリープロファイル
北欧神話をベースにした名作RPG『ヴァルキリープロファイル』では、主人公レナス・ヴァルキュリアが人間界を巡り、死にゆく英雄たちのドラマを見届けながらエインヘリャルを集める物語が描かれました。「死の先を往く」という彼女の役割と、悲哀に満ちた人間ドラマが融合し、ゲーマーの間でヴァルキュリアのイメージを決定づけました。
Fate/Grand Order (FGO)
人気ゲーム『FGO』では、ブリュンヒルデをはじめ、オルトリンデ、ヒルド、スルーズといった複数のワルキューレが登場します。彼女たちはオーディンによって作られた「機体」としての側面が強調されつつも、それぞれが個性を獲得し、恋や友情に悩む姿が描かれています。
戦士のお守り
現代においても、「戦う女性」「守護者」のアイコンとして、ヴァルキュリアのデザインは人気があります。スポーツチームのロゴや、軍隊のエンブレムなどに採用されることも少なくありません。
【考察】オーロラの正体
夜空を駆ける輝き
北欧の冬の夜空を彩る神秘的な光のカーテン、オーロラ。古くから北欧の人々は、この光を「ヴァルキュリアたちが天空を馬で駆ける際、その鎧や盾が放つ輝き」だと信じていました。
極寒の地で暮らす人々にとって、死は常に身近なものでした。しかし、夜空にオーロラが現れれば、それは「今夜も勇者たちがヴァルハラへと導かれている」という証拠であり、戦いの中で倒れた家族や友人が名誉ある死を迎えたという慰めでもあったのです。オーロラを見上げる人々の眼差しには、畏怖と共に、死後の救済を願う祈りが込められていたのかもしれません。
まとめ
彼女に選ばれることは、現世での死を意味します。しかしそれは、永遠の英雄として語り継がれる神話の始まりでもあるのです。ヴァルキュリアは、死という絶望の中に「名誉」という希望の光を見出した、北欧の人々の死生観が生んだ美しき幻想なのです。