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大物主(オオモノヌシ):三輪山に鎮座する祟りと豊穣の蛇神【元ネタ・ご利益】

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大物主 / Omononushi
大物主

大物主

Omononushi
日本神話国津神 / 蛇神 / 和魂
神格★★★★★
大きさ山そのもの、あるいは巨大な白蛇
権能国造りの完遂、疫病の鎮静と流行、豊穣
弱点不浄、不敬な扱い
主な登場
古事記日本書紀大神神社由緒

奈良盆地の東、美しい円錐形をした三輪山。その山自体をご神体とする日本最古の神社、大神神社(おおみわじんじゃ)に祀られているのが**大物主大神(オオモノヌシ)**です。

「大国主(オオクニヌシ)の別の姿」とも「和魂(にぎみたま)」とも言われるこの神は、国造りを完成させた偉大な神であると同時に、恐ろしい祟り神としての側面も併せ持っています。夜ごとの妻問い伝説や、箸墓古墳にまつわる悲劇など、ミステリアスな逸話に彩られた大物主の正体に迫ります。

大物主とは何者か?

大国主の前に現れた光り輝く神

大国主神が少名毘古那(スクナビコナ)神に去られ、国造りの途中で途方に暮れていた時、海を照らしてやってきたのが大物主です。

彼は「私を丁重に祀れば、国造りは成就する」と告げ、大国主に対して三輪山(御諸山)に祀るよう要求しました。これは、大物主が大国主の**「幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)」**(神としての霊的な力の側面)であることを示唆していると解釈されます。

蛇の姿をした神

大物主はしばしばの姿で現れます。蛇は脱皮を繰り返すことから「再生」と「永遠」の象徴であり、また水神・雷神としての性格も持ちます。三輪山にお供えされる「卵」は、蛇の好物であることに由来しています。

三輪山の神婚伝説と箸墓古墳

活玉依毘売(イクタマヨリビメ)との神婚

ある美しい娘のもとに、夜な夜な通ってくる麗しい貴公子がいました。娘がすぐに妊娠したことを怪しんだ両親は、男の正体を知るために、男の着物の裾に赤土をつけた麻糸を縫いつけるよう娘に教えます。

翌朝、糸を辿っていくと、それは三輪山の神の社まで続いていました。糸の残りが「三勾(みわ)」であったことから、その地は「三輪」と呼ばれるようになったといいます。

倭国大乱と箸墓伝説

また、第7代孝霊天皇の皇女、**倭あとと日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメ)**も大物主の妻となりました。しかし、大物主は夜にしか姿を見せません。 姫が「朝に美しいお姿を見たい」と懇願すると、大物主は「櫛箱の中に入っているが、驚いてはいけない」と答えます。

翌朝、箱を開けた姫が見たのは、美しい小蛇でした。姫が驚き叫んだことに大物主は恥じ入り、人の姿に戻って大空を翔けて去ってしまいました。 姫は後悔してその場にへたり込んだ際、箸が陰部に刺さって亡くなってしまいます。これが「箸墓古墳」の由来とされています。

祟り神から守護神へ

疫病と崇神天皇

第10代崇神天皇の御代、疫病が蔓延し、多くの民が死に絶えようとしていました。天皇の夢枕に大物主が現れ、「これは私の意志である。私の子孫であるオオタタネコに私を祀らせれば、祟りは静まる」と告げました。

天皇がオオタタネコを探し出し、大神神社の神主として祀らせたところ、疫病はピタリと止まり、国は再び繁栄しました。このエピソードは、大物主が強力な祟り神であると同時に、正しく祀れば強大な加護をもたらす守護神であることを物語っています。

【考察】大物主=蛇神信仰の深層

最古の信仰形態

三輪山には本殿がなく、山そのものを拝むという原初的な信仰形態(カンナビ信仰)を今に残しています。これは大物主信仰が、特定の神話体系が整備される以前の、縄文・弥生時代からの自然崇拝を色濃く残している証拠と言えるでしょう。

酒の神としての顔

「三輪(ミワ)」は「神酒(ミキ)」に通じるとされ、大物主は酒造りの神としても篤く信仰されています。杉玉(酒林)を軒先に吊るす風習は、三輪山の杉に由来します。

まとめ

大物主は、日本の神々のなかでも特に古く、強大な力を持つ存在です。その不可解で恐ろしい伝説の数々は、人間にはコントロールできない自然の猛威と、それを鎮めた時の豊穣の恵みを象徴しています。