アンコールワットの壁画に刻まれた無数の美しい踊り子たち。彼女たちは「アプサラス」と呼ばれ、インド神話において単なる装飾以上の重要な役割を担う天女です。水の精霊として生まれ、神々を魅了し、時には英雄を堕落させるための「神のハニートラップ」としても活躍する彼女たちの実像に迫ります。その美しさは、修行を積んだ聖者でさえも一瞬で理性を失うほどだと言われています。
水から生まれた天女
乳海攪拌
アプサラスの起源は、インド神話最大のイベント「乳海攪拌」にあります。神々と悪魔(アスラ)が協力して不老不死の霊薬アムリタを得るために海をかき混ぜた際、その泡の中から6億ものアプサラスが誕生しました。彼女たちの名は「水(ap)の中で動く(sara)」という意味を持ち、その名の通り流れる水のように変幻自在で捉えどころのない美しさを持っています。
天界の踊り子
彼女たちは特定の夫を持たず(あるいは楽神ガンダルヴァを夫とし)、インドラ神の宮廷で踊りを披露して神々を楽しませます。その妖艶な美貌とダンスは、見る者すべてを虜にする魔力を持っています。伝説的な叙事詩『マハーバーラタ』や『ラーマーヤナ』にも頻繁に登場し、英雄たちの運命を左右しました。
神々の刺客
苦行を妨害せよ
インドラ神は非常に嫉妬深い神であり、人間界の仙人(リシ)が苦行によって強大な力を得て、自分の地位を脅かすことを極端に恐れます。そんな時、彼は最も美しいアプサラス(例えば、ウルヴァシー、メーナカー、ランバーなど)を選んで地上に派遣します。彼女たちは仙人の目の前で艶かしく踊り、誘惑して修行を放棄させます。多くの偉大な賢者が、彼女たちの誘惑に負けて神通力を失いました。「美女による誘惑」というテーマの原点とも言える存在です。
拒絶の代償
しかし、誘惑が失敗することもあります。ある賢者は誘惑に来たアプサラスを無視し、それでも執拗に迫る彼女を醜い姿に変える呪いをかけました。また、アルジュナのように彼女の誘いを断ったことで、「一年間女性のように振る舞わなければならない」という呪いを受けた英雄もいます。彼女たちに関わることは常にリスクを伴うのです。
まとめ
アプサラスは、美しさが持つ「力」と「危うさ」を体現する存在であり、インド神話を彩る華やかで残酷なバイプレイヤーです。彼女たちは、欲望と精進の狭間で揺れ動く人間の心を試す試金石なのかもしれません。