「タナトス」とはギリシャ語で「死」そのものを意味します。彼は骸骨の姿をした恐ろしい怪物ではなく、黒い翼を持ち、逆さにした松明(消えゆく命の象徴)を手にした、憂いを帯びた美しい青年の姿で描かれます。彼は暴力的な死ではなく、寿命を迎えた者に訪れる「自然な死」を司る神です。
眠りと死は兄弟
ヒュプノスの双子の兄
タナトスは夜の女神ニュクスの息子であり、眠りの神ヒュプノスの双子の兄です。古代の人々にとって、眠りと死は非常に似た状態(目覚めるか、目覚めないかの違い)と考えられていました。二人は共に冥界の奥深く、陽の当たらない場所に住み、夜になると地上へ飛んできて、人々に眠りと安息(死)をもたらします。
死神を騙した男シシュポス
捕まった死神
狡猾な王シシュポスは、自分の寿命が尽きて迎えに来たタナトスを騙し、なんと鎖で縛り上げて監禁してしまいました。死神が捕まっている間、地上の人間は誰も死ぬことができなくなり、戦場で首を切られても死なない兵士で溢れかえりました。これに困った軍神アレスがタナトスを救出し、ようやく世界の秩序が戻りました。
ヘラクレスとの力比べ
また、アドラメトス王の妻アルケスティスの魂を奪いに来た際、友人であったヘラクレスに力ずくでねじ伏せられ、魂を置いて逃げ帰ったという情けない逸話もあります。意外と物理攻撃に弱い一面があるようです。
心理学でのタナトス
死への衝動
精神分析学者フロイトは、人間に備わる「生への欲動(エロス)」と対になるものとして、攻撃や破壊に向かう「死への欲動」をデストルドーと呼び、後にこれらをタナトスと関連付けました。現代では「タナトス」という言葉は、死への誘惑や憧れといった意味で使われることもあります。
まとめ
タナトスは恐怖の対象ではなく、苦しい生からの解放者としての側面を持っています。眠るように安らかに逝くこと、それは彼が与えてくれる最後の慈悲なのかもしれません。