「恋は盲目」、それを物理的に強制するのがこの神エロスです。日本では「エロ」という言葉の語源として有名ですが、神話における彼は、最高神ゼウスですら逆らえない「愛の衝動」そのものを司る、恐るべき力を持った神です。天使のようなキューピッドの姿に隠された、神話級の恋愛トラブルメーカーの素顔とは?
二つの顔を持つ愛の神
原初神としてのエロス
ヘシオドスの『神統記』によれば、彼はカオス(混沌)の次に生まれた**世界の根源的な力(原初神)**であり、すべての生命誕生のエネルギーそのものとされています。非常に古く、強大な神格です。
アフロディーテの息子としてのエロス
後の伝承では、美の女神アフロディーテの息子として描かれます。こちらが馴染み深い「翼を持ったイタズラ好きな幼児・少年」の姿です。金の矢で恋を、鉛の矢で拒絶を植え付け、ダフネとアポロンの悲劇などを引き起こしました。
エロスとプシュケの純愛
誤って自分に矢を刺す
母アフロディーテに「人間界の美少女プシュケを、怪物の嫁にしろ」と命じられたエロス。しかし、プシュケの寝顔を見た瞬間、誤って自分の指に金の矢を刺してしまいます。彼はプシュケに激しく恋をしてしまいました。
見えない夫
彼は「姿を決して見ない」という条件でプシュケと結婚し、夜だけ訪れる生活を始めます。しかし好奇心に負けたプシュケが灯りで彼を照らすと、そこには美しい神がいました。驚いたエロスは逃げ去り、プシュケは彼を取り戻すためにアフロディーテの過酷な試練に挑むことになります。この物語は「美女と野獣」などの異類婚姻譚の元祖とも言われます。
ErosからEroticへ
語源としての影響
彼の名は「エロティック(Erotic)」や「エロティシズム」の語源となりましたが、本来は性愛だけでなく、生命力や結合しようとする根源的な衝動を指す言葉でした。対となる概念は「タナトス(死への衝動)」です。
現代のキューピッド
バレンタインデーのキャラクターとして定着していますが、神話の彼はもっと気まぐれで危険な存在です。ゲームなどでは、弓矢を持ったサポート役として登場することが多いです。
【考察】幼児化する神
威厳の喪失
古典期にはあどけない青年だったエロスは、ヘレニズム期以降どんどん幼児化し、ルネサンス期には完全に「ぽっちゃりした赤ちゃん(プット)」として描かれるようになりました。愛という概念が、「宇宙的なエネルギー」から「可愛らしい遊戯」へと捉え直された歴史の変遷が見て取れます。
まとめ
世界を創るエネルギーであり、神々を翻弄するイタズラっ子。エロスは「愛」という感情が持つ、創造的かつ破壊的な二面性を体現した神なのです。