天下三名槍の中で唯一、現存しない槍。それが「御手杵(おてぎね)」です。他の二本(蜻蛉切、日本号)に比べて知名度は控えめかもしれませんが、そのサイズと形状のインパクトは群を抜いています。全長2メートルを超える巨大な鞘と、炎に消えた最期について語ります。
御手杵とは?
杵(きね)のような鞘
「御手杵」というユニークな名前は、その鞘(さや)の形に由来します。この槍の鞘は、餅つきに使う「杵」のような細長い円筒形をしており、なんと長さが約1.5メートル、太さは直径40センチ以上もありました。これを被せると、遠くから見れば空飛ぶ杵のように見えたことでしょう。
規格外のロングサイズ
槍の刃(穂)だけでも138センチメートルという、常識外れの長さを誇ります。日本号ですら80センチですから、その倍近い長さです。これはもはや「槍」というより、細長い剣を棒の先につけたようなもので、「刺す」というより「貫通させる」ための兵器でした。駿河の大名、今川義元の息子・氏真の命で作られたとされ、後に結城秀康(徳川家康の次男)の手に渡りました。
悲運の最期
東京大空襲での焼失
蜻蛉切と日本号が現代まで大切に保存されているのに対し、御手杵は悲劇的な運命を辿りました。1945年の東京大空襲の際、保管されていた松平邸の蔵に焼夷弾が直撃。御手杵は紅蓮の炎に包まれ、その刀身は溶けて失われてしまいました。
現代に蘇るレプリカ
しかし、詳細な設計図や記録が残っていたため、現代の刀匠たちの手によって復元(レプリカ作成)が行われました。現在、茨城県の結城市などでその勇姿(復元刀)を見ることができます。失われてなお、人々の情熱によって蘇った愛される槍です。
現代作品での御手杵
苦労性な常識人
「刀剣乱舞」では、他の個性的な三名槍に比べて、少し地味で苦労性なキャラクターとして描かれます。「刺すしか能がない」と自嘲することもありますが、その実直さと、焼失の過去を背負った哀愁がファンの心を掴んでいます。
【考察】実用性はあったのか?
重量による貫通力
あまりにも長大で重すぎるため、実戦で振り回すのは困難だったと思われます。しかし、馬上で構えて突撃した際の威力は凄まじかったでしょう。自身の重さに馬の速度が加われば、複数の敵を串刺しにすることも可能だったはずです。戦場のシンボル(馬印)としての役割も大きかったと考えられます。
まとめ
形あるものはいつか滅びる。しかし、御手杵の巨大さとその名は、記録と人々の記憶の中で、永遠に輝き続けています。