「サンナンさん」の愛称で親しまれ、新選組の精神的支柱であった総長・山南敬助(やまなみけいすけ)、あるいは山南敬助(さんなんけいすけ)。剣の腕(北辰一刀流免許皆伝)も立ち、学問にも通じた彼は、荒くれ者の多い隊内で数少ない「話のわかるインテリ」でした。しかし、組織が巨大化するにつれて近藤・土方の方針と対立し、最後は謎の脱走を試みて切腹させられます。なぜ彼は逃げ、そして捕まったのか?その死の裏にある悲劇を紐解きます。
あえて捕まったのか?不可解な脱走
沖田総司の介錯
元治2年2月、山南は書き置きを残して京を去りました。彼を追いかけたのは、彼を兄のように慕っていた沖田総司でした。山南はすぐに大津で追いつかれましたが、不思議なことに抵抗も逃走もせず、そのまま屯所へ連れ戻されました。脱走は局中法度により死罪(切腹)と決まっていました。
彼は恋人の明里(あけさと)と格子越しに最後の別れを惜しんだ後、取り乱すことなく、まるで自ら死を望んだかのように、見事な作法で切腹して果てました。その最期はあまりにも立派で、見届けた隊士たちは皆涙したといいます。介錯を務めたのは、彼を連れ戻した沖田総司でした。
死の意味と組織の変化
組織の引き締めと絶望
なぜ彼は脱走したのか。新選組が当初の「尊皇攘夷」という理想から離れ、幕府の権力維持のための警察組織へと変貌していくことへの絶望があったとも、伊東甲子太郎の加入により自分の居場所を失ったからだとも言われています。
彼の死は、法度(ルール)の絶対性を示す見せしめであったとも、武士として自らの意思を貫くための自決であったとも解釈できます。いずれにせよ、優しすぎた総長の死は、新選組が「家族のような集団」から「鉄の規律の戦闘集団」へと変わっていく決定的な転機となり、多くの隊士の心に深い影を落としました。
まとめ
理想を追い求め、組織の矛盾に押しつぶされた山南敬助。その儚くも美しい最期は、新選組ファンにとって忘れられないトラウマであり、同時に聖域のようにも感じられます。