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永倉新八:新選組最強を争った「ガムシン」【維新後も生きた男】

#日本史 #英雄 #新選組 #剣豪 #生き残り #幕末 #最強 #小樽
永倉新八 / Nagakura Shinpachi
永倉新八

永倉新八

Nagakura Shinpachi
日本神話英雄 / 剣豪
英雄度★★★★
特徴小柄だが筋骨隆々 (人間大)
功績/能力神道無念流の剛剣、生存能力
弱点頑固で融通が利かない
主な登場
ゴールデンカムイ薄桜鬼

「近藤・土方の死後、誰が新選組の真実を語り継いだのか?」その答えこそ、二番組組長・**永倉新八(ながくらしんぱち)**です。愛称は「ガムシン(我武者羅な新八)」。神道無念流の免許皆伝であり、沖田総司斎藤一と並んで「新選組最強の剣客」と称された彼は、池田屋事件などの死線をくぐり抜け、大正時代まで生き続けました。もし彼が生きていなければ、新選組は単なる「幕府の犬」として歴史の闇に葬られていたかもしれません。

池田屋での奮戦と剛剣

沖田が倒れ、近藤と二人きりで

元治元年の池田屋事件において、永倉は近藤勇と共にわずか数名で敵のアジトへ突入しました。戦闘中、天才剣士・沖田総司が病(あるいは熱中症)で倒れ、藤堂平助が額を割られて戦線離脱する中、永倉は近藤と共に最後まで戦い抜きました。愛刀「播州住手柄山氏繁」はボロボロになり、自らも親指の付け根を削がれる深手を負いながら、敵を震え上がらせる気迫で斬り込み続けました。この活躍により、彼は隊内で不動の地位を確立しました。

小樽での晩年と「新選組顛末記」

映画鑑賞中にポックリ

維新後は北海道の小樽に移住し、「杉村義衛」と改名して剣術道場を開き、刑務所の剣道師範なども務めました。かつての敵である討幕派の板垣退助とも酒を酌み交わすなど、さっぱりとした性格だったようです。晩年、新聞記者に新選組時代の思い出を語り、それが『新選組顛末記』として出版されました。

大正4年、77歳の彼は虫歯を抜いた後に敗血症にかかりましたが、死因の直接のきっかけは「映画鑑賞」と言われています。映画館の出口で「映画はすごいな、文明開化だな」と呟いて倒れ、そのまま亡くなったというエピソードは、激動の時代を生きた彼らしい、どこか人間味のある最期です。

まとめ

剣一本で時代を切り拓き、筆一本(記憶)で仲間たちの名誉を守り抜いた永倉新八。彼の人生は、戦うことと伝えることの両方が、英雄の役割であることを教えてくれます。