高天原から葦原中国(地上界)の平定という重大な任務を帯びて遣わされた若き神、天若日子(アメノワカヒコ)。
彼は弓の名手であり、アジスキタカヒコネという親友もいる将来有望な貴公子でしたが、地上の美しさ(あるいは大国主の娘への愛)に溺れ、8年間ものあいだ任務を放棄し続けました。その果てに待っていたのは、自らが放った矢によって命を落とすという、あまりにも皮肉で悲劇的な結末でした。
愛と裏切り
下照比売(シタテルヒメ)との結婚
地上に降りたワカヒコは、大国主神の娘であるシタテルヒメと恋に落ち、結婚してしまいます。彼は「このまま葦原中国の王になろう」と野心を抱き、高天原への報告を8年間も怠りました。
雉の鳴女(ナキメ)の射殺
不審に思った天照大御神らは、様子を探るために「雉の鳴女」という使いを遣わします。しかし、ワカヒコは邪悪な女神**天之佐具売(アメノサグメ)**のそそのかしに乗り、天から賜った弓矢でナキメを射殺してしまいます。
返し矢の恐怖
矢は還る
ワカヒコが放った矢はナキメを貫き、そのまま高天原まで届きました。高木神(タカミムスビ)はその血塗られた矢を見て、「もしワカヒコが邪心を持って射たのなら、この矢に当たって死ね」と呪いを込めて地上へ投げ返しました。 矢は寝ていたワカヒコの胸に突き刺さり、彼は即死しました。「返す矢(返し矢)」という言葉の由来となったエピソードです。
喪山の葬儀とアジスキタカヒコネ
親友の激怒
ワカヒコの葬儀には、そっくりな容姿を持つ親友のアジスキタカヒコネが訪れました。しかし、ワカヒコの父や妻がアジスキタカヒコネを「ワカヒコが生きていた!」と間違えて抱きついたため、彼は「穢らわしい死人と一緒にするな!」と激怒し、喪屋を剣で切り倒して飛び去りました。 この切り倒された喪屋が、現在の美濃国にある喪山(もやま)になったと伝えられています。
まとめ
天若日子の物語は、能力があっても使命を忘れれば破滅するという教訓と、古代の葬送儀礼の起源を今に伝えています。彼は単なる悪役ではなく、愛と野心に生きた人間臭い神として描かれています。