江戸時代の江戸は「火事と喧嘩は江戸の華」と言われるほど火災が頻発しました。そんな江戸っ子たちがこぞって信仰したのが、遠州(静岡)の秋葉権現です。白狐にまたがり空を飛ぶ天狗の神様は、なぜこれほどまでに恐れられ、愛されたのでしょうか。
秋葉権現の正体
三尺坊という名の天狗
秋葉権現の実体は、三尺坊という名の天狗であると広く信じられています。彼は信州(長野)出身の修験者で、不動明王の行法を修めて神通力を得て、白狐に乗って秋葉山に飛来したと伝えられます。
神仏分離の影響
明治時代の神仏分離令により、秋葉権現は神道の神「ヒノカグツチ」として祀られることが多くなりましたが、民衆の間では依然として「天狗の秋葉さん」としてのイメージが色濃く残っています。
家康も恐れた火の力
徳川家康のタブー
徳川家康は晩年、秋葉山に対して「山頂に城を築くな」という遺言を残したとも言われます。これは秋葉権現の強大な霊力を恐れてのことでした。実際、秋葉山は軍事的な要衝でもあり、家康はここを聖域化することで反乱の拠点となることを防いだとも考えられます。
庶民の秋葉講
命がけの代参
江戸から秋葉山までの道のりは遠く険しいものでしたが、町内でお金を出し合って代表者が参拝する「秋葉講」が盛んに行われました。持ち帰られたお札は、防火の切り札として神棚に祀られました。
【考察】なぜ白狐に乗るのか
稲荷との差別化
狐に乗る神といえば稲荷神(ダキニ天)が有名ですが、秋葉権現の狐は「空を飛ぶための乗り物」としての性格が強いです。これは、火の回りの速さや、風に乗って広がる火災の性質を、「空飛ぶ狐」として具象化したのかもしれません。
まとめ
秋葉権現は、火への恐怖と敬意が生んだ、日本独得の「火防」のスペシャリストです。その力強い姿は、現代の防災意識の原点とも言えるでしょう。