真っ赤な顔に突き出た長い鼻、背中には黒い翼、そして山伏(修験者)の装束に一本歯の下駄。天狗は、鬼や河童と並んで日本を代表する三大妖怪の一つです。彼らは深い山奥に住み、空を自在に飛び回り、団扇(うちわ)一振りで嵐を起こす神通力を持っています。時には人をさらい(神隠し)、時には若き英雄(源義経など)に剣術を教える師匠ともなる、恐ろしくもどこか尊敬を集める存在。そんな天狗の歴史は古く、時代によってその姿を大きく変えてきました。山の神か、仏教の敵か、その正体に迫ります。
烏天狗と大天狗
進化するビジュアル
現在私たちが思い浮かべる「鼻の長い天狗」は、実は江戸時代以降に定着した比較的新しい姿(大天狗・鼻高天狗)です。 それ以前、平安時代や鎌倉時代の絵巻物に描かれていた天狗は、人間というよりは鳶(トンビ)のような猛禽類の顔とくちばしを持った姿でした。これを現在は「烏天狗(カラス天狗)」や「木の葉天狗」と呼び区別しています。彼らは天狗社会の中では兵隊クラスの身分とされ、長い鼻を持つ大天狗の方がリーダー格として強い力を持っています。
天狗の種類
天狗には序列があり、頂点に立つのは特定の霊山を支配する「大天狗」たちです。
- 愛宕山太郎坊(京都)
- 鞍馬山僧正坊(京都)
- 比良山次郎坊(滋賀) これらは日本八大天狗などに数えられ、神として信仰の対象にもなっています。特に鞍馬山の天狗は、幼い頃の牛若丸(源義経)に兵法と剣術を教えた伝説で有名です。
仏教の魔王としての側面
魔縁(まえん)
中世の仏教説話では、天狗は僧侶の修行を邪魔する「魔王」としての側面が強調されました。修行半ばで慢心して死んだ僧侶や、権力争いに敗れて恨みを抱いて死んだ貴族が、死後に天狗(天狗道)に落ちると考えられたのです。 最も有名なのが、保元の乱に敗れて讃岐に流され、都への恨みを抱いたまま死んだ「崇徳上皇(すとくじょうこう)」です。彼は舌を噛み切ってその血で呪いの経文を書き、死後は大天狗となって日本国を滅ぼそうとした、日本史上最大級の怨霊(魔王)として恐れられています。
天狗倒しと神隠し
山の中で突然、大木が倒れるような凄まじい音が響くのに、実際には木など倒れていない現象を「天狗倒し」と言います。また、突然子供がいなくなる現象を「神隠し」と言いますが、これも天狗の仕業とされることが多く、「天狗隠し」とも呼ばれました。空を飛んで連れ去り、数日後にぼんやりした状態で帰ってくるという話が各地に残っています。
現代作品での天狗
鬼滅の刃
『鬼滅の刃』の師匠キャラクター、鱗滝左近次は常に天狗の面をつけています。これは彼が山に住む剣術の達人であり、修行者(山伏)的なストイックさを持つことを象徴しています。炭治郎への厳しい指導は、まさに鞍馬天狗と牛若丸の関係を彷彿とさせます。
東方Project
『東方Project』では、射命丸文(しゃめいまるあや)など、新聞記者として飛び回る烏天狗が登場します。「速い」「情報通」「組織的」という天狗の属性を現代風にアレンジした好例です。
【考察】山岳信仰と山の民
山伏(修験道)の姿
天狗の格好が山伏なのは、偶然ではありません。険しい山に入って修行する修験者たちは、里の人々にとって超人的な能力を持つ未知の存在に見えました。彼らの姿と、山に住む猛禽類のイメージ、そして自然の猛威(暴風)が結びついて、天狗という妖怪が生まれたと考えられます。 「天狗になる(慢心する)」という言葉があるように、彼らは力の象徴であると同時に、おごり高ぶることへの戒めも含んだ、人間臭い妖怪なのです。
【関連用語集】
- 山伏(やまぶし):山中を歩き回り修行をする修験道の行者。独特の装束と法螺貝が特徴で、大天狗のビジュアルの元となった。
- 崇徳上皇(すとくじょうこう):平安時代末期の天皇。保元の乱に敗れて讃岐に流され、死後に大魔王・天狗になったとされる日本三大怨霊の一人。
- 比叡山(ひえいざん):天台宗の総本山。ここの僧侶が堕落すると天狗になると言われ、多くの天狗伝説が残る。
- 鞍馬山(くらまやま):京都にある霊山。牛若丸(源義経)が幼少期を過ごし、大天狗・僧正坊から武術を習ったという伝説の地。
- 八大天狗(はちだいてんぐ):日本各地の霊山に住むとされる、特に強力な8人の大天狗の総称。
- 天狗の団扇(てんぐのうちわ):ヤツデの葉などで作られた大きな団扇。一振りで暴風を起こし、人を吹き飛ばしたり、火を消したり、空を飛んだりする神通力を持つ道具。天狗のトレードマークの一つ。
まとめ
山歩きをしていて突風が吹いたら、それは天狗が団扇で扇いだ風かもしれません。彼らは今も日本の山の守護者として、高みから私たちを見下ろしているのです。