「余の辞書に不可能という文字はない」。この名言で知られるナポレオン・ボナパルトは、コルシカ島の田舎貴族から身を起こし、瞬く間にフランス皇帝、そしてヨーロッパの覇者へと駆け上がりました。軍事の天才として数々の勝利を収めただけでなく、ナポレオン法典の制定など近代国家の基礎を築いた政治家でもあります。革命の混沌から現れ、時代そのものを動かした「巨人」の生涯を追います。
革命の子から皇帝へ
トゥーロンの包囲戦
砲兵士官としてキャリアをスタートさせたナポレオンが名を上げたのは、トゥーロン港奪還作戦でした。彼は巧みな砲兵運用でイギリス艦隊を追い払い、24歳の若さで少将に昇進します。その後、ヴァンデミエールの反乱を鎮圧(ブドウ弾の一掃)し、イタリア遠征で連戦連勝を重ね、国民的英雄となりました。
戴冠式
1799年のブリュメールのクーデターで第一執政となり、事実上の独裁権を握ると、1804年には国民投票を経て皇帝に即位しました。ノートルダム大聖堂での戴冠式で、教皇から冠を受け取るのではなく、自らの手で冠を被ったエピソードは、彼が「神」ではなく「自らの実力」で王座を掴んだことを象徴しています。
栄光と没落
アウステルリッツの三帝会戦
ナポレオンの軍事的絶頂期は、1805年のアウステルリッツの戦いです。数で勝るオーストリア・ロシア連合軍に対し、地形を完全に読み切った完璧な作戦で大勝を収めました。彼の率いる大陸軍(グランダルメ)は無敵を誇り、ヨーロッパの大半を支配下に置きました。
ロシア遠征の失敗とワーテルロー
しかし、大陸封鎖令による経済対立からロシア遠征を強行したことが命取りとなりました。ロシアの焦土作戦と「冬将軍」の前に壊滅的な敗北を喫し、一気に勢力を失います。エルバ島への流刑、脱出と「百日天下」、そしてワーテルローの戦いでの最終的な敗北。最後は絶海の孤島セントヘレナに幽閉され、波乱の生涯を閉じました。
英雄の偶像
期待に応える男
FGOでは、大砲(カノン)を抱えた筋骨隆々のアーチャーとして登場。「人々の期待(可能性)に応える」という概念が具現化した英霊として描かれ、どんな不可能な状況でも「凱旋の咆哮(アルク・ドゥ・トリオンフ・ド・レトワール)」で道を切り開きます。
寝る間も惜しんだ天才
「1日3時間しか寝なかった」という逸話は有名ですが、実際は馬上で仮眠を取るのが上手かったようです。彼の精力的な活動量と、膨大な手紙や命令書を口述筆記させた処理能力は、現代のCEOをも凌駕するスーパーマンぶりを示しています。
まとめ
ナポレオンが遺した最大の遺産は、広大な領土ではなく「能力があれば誰でも高みに登れる」という希望(と法典)だったのかもしれません。彼は今も、野心と才能の象徴です。