むしろ売りの貧乏生活から皇帝へ。劉備玄徳の最大の武器は、武力でも知力でもなく、誰もが彼のために死にたいと思わせる「人徳」でした。関羽、張飛、孔明…綺羅星のような英雄たちが彼のもとに集まった理由とは。
劉備とはどのような人物か?
蜀漢の初代皇帝です。漢王室の末裔を自称していましたが、若い頃は貧しく、むしろや草鞋を売って暮らしていました。黄巾の乱を機に挙兵し、各地を転々としながらも、その仁義に厚い人柄で多くの部下を惹きつけました。ライバルの曹操とは対照的に、情に厚く涙もろい「徳の君主」として描かれます。
伝説とエピソード
三顧の礼
20歳も年下の諸葛亮(孔明)を軍師に迎えるため、彼の草庵を3度も訪ねて頭を下げたエピソード。身分や年齢に関係なく、真に優れた人物には礼を尽くす彼の謙虚さが、天才軍師の心を動かしました。
携民渡江
曹操軍に追われて逃げる際、足手まといになる一般民衆を見捨てることをよしとせず、彼らを連れて逃げたため行軍が遅れ、大敗北を喫しました(長坂の戦い)。軍略的には大失策ですが、これによって「劉備様は我々を見捨てない」という民衆の絶大な支持を得ることになりました。
現代作品での登場・影響
理想のリーダー像
能力は平凡でも、部下の能力を最大限に引き出す「サーバント・リーダーシップ」の体現者として、日本の経営者などにも人気があります。
偽善者説
正史を読むと、裏切りや計算高い行動も多く、「演義の聖人君子像は虚構」「希代の詐欺師(英雄詐欺)」という辛辣な評価をされることもありますが、それも含めて人間的な魅力とされています。
【考察】その強さと本質
弱者の魅力
彼はずっと負け続けでした。しかし負けても決して諦めず、その度に誰かに助けられて立ち上がる。その「放っておけない」人間力こそが、最強の生存生存戦略だったのです。
まとめ
徳は孤ならず。彼が蒔いた仁義の種は、乱世の荒野に蜀漢という花を咲かせました。