長い髪、くちばしのような口、ひし形の目、そして3本の足を持つ奇妙な人魚。江戸時代の古文書にひっそりと記録されていたこの妖怪は、数百年後の現代において「疫病退散の救世主」として爆発的な人気を獲得しました。SNS時代のスター妖怪、アマビエ。その正体と、なぜ「絵を見せる」ことが対策になるのか、謎めいた伝承を紹介します。
肥後の海に現れた光るモノ
弘化3年の出現
江戸時代後期の弘化3年(1846年)、肥後国(現在の熊本県)の海中に夜な夜な光る物体が現れました。役人が調べに行くと、そこには不思議な姿の者がおり、こう告げました。 「私は海中に住むアマビエである。今年から6年の間は豊作が続くが、同時に疫病が流行する。私の姿を書き写した絵を、早々に人々に見せなさい」 そう言い残して、再び海へ消えていったといいます。
予言獣としての系譜
アマビコとの関係
実は「アマビエ」という名前は、「アマビコ(尼彦/天彦)」という別の予言妖怪の誤記(コ→エ)ではないかという説が有力です。アマビコも同様に3本足(または3本指)で、豊作と疫病を予言し、「自分の絵を見れば難を逃れる」と語る伝承が各地に残っています。 アマビエは単独のユニークな妖怪というよりは、こうした「予言獣」のバリエーションの一つだったようです。
令和のパンデミック・アイコン
SNSでの拡散
2020年、新型コロナウイルスの世界的な流行と共に、Twitter(現X)上で「疫病退散にご利益がある」としてアマビエの絵を投稿する「#アマビエチャレンジ」が発生しました。そのキモかわいくも愛らしいデザインは、不安な社会における癒やしと希望のシンボルとなり、厚生労働省の啓発アイコンにも採用される異例の事態となりました。 水木しげる先生も生前、しっかりとアマビエの絵を描き残しており、そのデザインが現在のイメージのベースになっています。
【考察】「見る」ことの呪術的意味
防犯ステッカーのような効果?
なぜ絵を見るだけで病気が治るのでしょうか? 民俗学的には、異形の絵姿を門口に貼ることで、入ってこようとする疫病神を怖がらせたり(魔除け)、あるいは「私は味方を持っている」とアピールする呪術的な意味があったと考えられています。 現代におけるシェア(拡散)もまた、一種の「お守りを配る儀式」として機能したのかもしれません。
まとめ
数百年の時を超えて、必要な時に人々の前に現れたアマビエ。その存在は、妖怪というものが単なる迷信ではなく、人々の心が生み出し、支えとする文化そのものであることを教えてくれます。