伊勢神宮はいかにして現在の場所に定まったのか。その背後には、天照大神の「御杖代(みつえしろ)」として各地を旅し、神の鎮座地を探し求めた一人の皇女、倭姫命(ヤマトヒメ)の生涯があった。
聖なる旅路
元伊勢の伝承
第11代垂仁天皇の皇女であるヤマトヒメは、天照大神を祀るのにふさわしい場所を探すよう命じられた。 大和国を出発し、伊賀、近江、美濃などを巡る数10年の旅(いわゆる「元伊勢」巡幸)の末、ついに伊勢国に到達し、天照大神の啓示を受けて五十鈴川のほとりに祠を建てた。 これが現在の伊勢神宮(内宮)の起源である。
ヤマトタケルへの授け物
甥への慈愛
ヤマトヒメは、後に東征に向かう甥の**ヤマトタケル**(日本武尊)に、三種の神器の一つである**草薙剣(くさなぎのつるぎ)**と火打石を授けた人物としても知られる。 「危ない時はこれを使え」という彼女の助言がなければ、ヤマトタケルは焼津の火攻めで命を落としていただろう。 彼女は厳格な斎王であると同時に、心優しい叔母でもあったのだ。
【考察】最初の斎王
神と人の媒介者
ヤマトヒメは、天皇に代わって神に仕える未婚の皇女「斎王(さいおう)」の理想像とされる。 政治(天皇)と祭祀(斎王)が分担・協力して国家を運営する古代日本のシステムを確立した、歴史的にも極めて重要な女性である。
まとめ
倭姫命の祈りの旅路がなければ、日本人の心の故郷・伊勢神宮は存在しなかったかもしれない。