誰もが知る昔話「海幸山幸(うみさちやまさち)」。その物語で、弟をいじめる意地悪な兄役、通称海幸彦として知られるのが**火照命(ホデリ)**です。しかし、神話を公平な目で見直すと、彼は弟に大事な商売道具(釣り針)を貸してあげただけなのに、それを失くされ、挙句の果てに不思議な力で降参させられるという、ある意味でかわいそうな被害者でもあります。勝者である弟(天皇家)の陰に隠れた、敗者の物語に光を当てます。
釣り針紛失事件と兄弟喧嘩
兄の言い分
ある日、ホデリ(海釣り担当)は弟のホオリ(山猟担当)に頼まれ、しぶしぶ道具を交換しました。しかし弟は何の獲物も取れず、あろうことか兄の大切な釣り針を海で失くして帰ってきました。ホデリは激怒し、「他のもので弁償する」という弟の申し出を拒否して、「元のあの針でないとダメだ!」と頑なに責め立てました。これは単なるわがままではなく、漁師にとって自分の道具がいかに魂のように重要かを示しています。
呪いと服従
その後、竜宮城から帰還した弟は、海神から授かった魔法の玉「潮満珠(しおみつたま)」を使って洪水を起こし、ホデリを溺れさせました。たまらず「助けてくれ、これからはお前の守護人として仕える」と降参したホデリは、弟に従属することになったのです。
隼人の祖神としての誇り
芸能と武勇の民
ホデリは、古代九州南部に実在した勇猛な部族・**隼人(はやと)**の祖神とされています。隼人たちは天皇の即位儀礼で、溺れる人の真似をした滑稽な舞(隼人舞)を踊ったり、宮門を守る衛兵として活躍しました。神話におけるホデリの服従は、隼人たちがヤマト王権に(形式上は)従いつつも、独自の文化と武力を保持していた歴史的背景を物語っています。彼らは「負けた」のではなく、自らの役割を変えて生き残ったのです。
まとめ
勝者だけが歴史を作るわけではありません。火照命の物語は、敗れ去った側の悲哀と、それでも血脈として受け継がれていく生命の逞しさ、そして地方豪族の誇りを伝えています。