突如として人々を襲う「パニック(Panic)」の語源となった牧神パーン。ヤギの角と足を持つ彼は、陽気な音楽家である一方、気に入らないことがあると人間に説明不能な恐怖を与える、自然の荒々しさの象徴でもあります。
パーンとはどのような神か?
パーンはアルカディア地方の山野に住む神で、ヘルメスの息子とされることが多いですが、出生には諸説あります。生まれた時から髭を生やし、角とヤギの足を持っていたため、母は恐怖して逃げ出しましたが、父ヘルメスは喜び、オリュンポスの神々に披露して笑わせたといいます。彼は好色で騒々しく、昼夜を問わずニンフたちを追いかけ回しています。しかし、彼が昼寝をしている静寂の時間に騒いで起こすと、ものすごい叫び声を上げて人間を恐慌状態(パニック)に陥らせます。
神話での伝説とエピソード
パンの笛(シュリンクス)
彼が美しいニンフのシュリンクスを追いかけた際、彼女は彼の執着から逃げるために、川の神に頼んで川風に揺れる「葦(あし)」に変身してしまいました。悲しんだパーンはその葦を切り取り、長さを変えて束ねて笛を作りました。彼はその笛を「シュリンクス」と呼び、肌身離さず持ち歩いて、彼女を想いながら美しい曲を奏でるようになったのです。
マラトンの戦い
ペルシア戦争の際、アテナイ軍を助けるために敵軍に「パニック」を引き起こし、同士討ちや敗走を誘発させたという伝承もあります。この功績により、アテナイでも崇拝されるようになりました。
現代作品での登場・影響
悪魔のイメージの起源
キリスト教がヨーロッパに広まるにつれ、土着の豊穣神であったパーンの「ヤギの角と蹄、毛深い体」という姿は、異教の象徴として忌避され、悪魔(サタン)のイメージのモデルにされました。本来は陽気な自然神でしたが、歴史の中で恐怖の対象へと塗り替えられてしまったのです。
映画『パンズ・ラビリンス』
ギレルモ・デル・トロ監督の映画では、迷宮の番人として登場します。神話のパーンそのものではありませんが、太古の自然が持つ不気味さと神秘性を兼ね備えたキャラクターとして描かれています。
【考察】その強さと本質
自然への畏怖
人気のない森の奥深くで感じる、理由のない突然の不安や恐怖感。それは「パーンに遭遇した」からだと古代人は考えました。彼は飼いならされていない、野生の不条理そのものです。美しさと恐怖は、自然のコインの裏表なのです。
まとめ
森の奥から聞こえる笛の音。それはパーンの宴の合図か、それとも恐怖への序曲でしょうか。自然の中に入る時は、彼の昼寝を邪魔しないよう、静かに歩くのが賢明です。