額から空に向かって突き出した一本の美しい螺旋の角。雪のように眩しい白銀の毛並み。ユニコーン(一角獣)は、清浄、高潔、そして誇り高き魂を象徴する聖獣として、世界中で愛されています。 多くの物語では、森の奥深くに住み、善良な心を持つ者だけがその姿を見ることができる神秘的な存在として描かれます。しかし、中世の伝承を深く読み解くと、彼らは単なる美しいだけでなく、ライオンと互角に戦うほど獰猛で、象さえも突き殺すと伝えられる荒々しい一面を持っています。 彼らを大人しくさせることができるのは、穢れのない「処女」だけ。かつてヨーロッパの王侯貴族たちが、金よりも価値があると信じてこぞって求めたユニコーンの角(アリコーン)の秘密と、その伝説の裏にある悲しくも残酷な狩猟の歴史を紹介します。
角に秘められた万能薬
アリコーンの解毒作用
ユニコーンの最大の特徴である一本角(アリコーン)は、中世ヨーロッパにおいて「万能の解毒薬」として絶対的な信仰を集めていました。この角で作った杯に飲み物を注げば、もし毒が入っていても泡立って無毒化され、粉末にして飲めば、ペストや麻疹などあらゆる難病が治ると信じられていたのです。 常に毒殺の恐怖に怯えていた当時の王族たちにとって、これは喉から手が出るほど欲しいアイテムでした。そのため、ユニコーンの角は金と同じ重さ、時にはそれ以上の法外な価値で取引されました。 もちろん、実在しないユニコーンの角が手に入るはずもありません。実際に出回っていたのは、北極海に生息するクジラの一種「イッカク」の牙や、サイの角を加工した偽物でしたが、人々はそれを本物の聖獣の角だと信じて珍重しました。デンマーク王室の玉座がイッカクの牙で作られているのは有名な話です。
処女懐柔の罠
非常に警戒心が強く、どんな駿馬よりも速く走るユニコーンを捕まえる唯一の方法、それが「処女」を囮にする作戦です。 清らかな乙女を一人、森の中に座らせておくと、ユニコーンはその清浄な香りに惹かれて警戒心を解き、近づいてきます。そして安心しきって乙女の膝に頭を乗せて眠ってしまうのです。その隙を狙って、隠れていた狩人が飛び出し、眠っているユニコーンを捕獲したり、その場で殺して角を奪ったりしました。 この残酷ながらもロマンチックな伝承は、キリスト教において「受胎告知(マリアの胎内に神が宿る)」のメタファーとして解釈され、『貴婦人と一角獣』のタペストリーなど、多くの宗教芸術の題材となりました。
スコットランドの誇りと紋章学
獅子と一角獣
ユニコーンは、現在のイギリス王室の紋章にも描かれています。盾を支える向かって左側のライオンはイングランドを、右側のユニコーンはスコットランドを象徴しています。 伝承において、ユニコーンは百獣の王ライオンと戦うことができる唯一の獣とされていました。イングランド(ライオン)に対抗する気概を示すため、スコットランドは誇り高いユニコーンを国章に選んだのです。 紋章学の観点からも、ユニコーンは「純潔」「勇気」「力」の象徴として好まれました。また、紋章に描かれたユニコーンが首に王冠をはめられ、鎖で繋がれていることに気づくでしょうか?これは「鎖で縛らなければならないほど危険で強大な力を秘めている」こと、あるいは「王権によってのみ統御される強大な武力」を示していると言われています。
現代作品のユニコーン
機動戦士ガンダムUC
主役機「ユニコーンガンダム」のデザインは、この聖獣の二面性を見事に表現しています。通常時は一本角を持つ純白の「ユニコーンモード」ですが、NT-Dシステムが発動すると、角が二つに割れ、全身から赤い光を放つ「デストロイモード」へと変身します。これは「可能性の獣」として、人々に希望をもたらす【祈り】の側面と、敵を殲滅する【破壊】の側面を併せ持つという、神話的解釈をSFロボットアニメに落とし込んだ傑作と言えるでしょう。
ハリー・ポッター
第一作『賢者の石』では、禁じられた森に住む最も純粋な生き物として登場します。ユニコーンの血には、死にかけた者を無理やり蘇らせる強力な魔力がありますが、そんな清らかな存在を殺して血をすするような輩には、死ぬ以上の呪い(呪われた半生)が与えられると語られます。
【考察】実在したのか?
サイやオリックスの誤認説
ユニコーンの伝承は、インドサイや、角を横から見て一本に見えたオリックス(ウシ科の動物)などの実在動物がモデルになったと言われています。遠い異国の珍獣の噂話が、西洋の馬のイメージと混ざり合い、キリスト教的な価値観で美化されて生まれたのがユニコーンなのかもしれません。 しかし、たとえ誤認から始まったとしても、その「潔癖なまでの美しさ」と「穢れなき魂」という概念は、人間の理想が作り上げたひとつの到達点であり、だからこそ時代を超えて愛され続けているのでしょう。
まとめ
清らかさと獰猛さ。癒やしの力と鋭い角。ユニコーンが持つ矛盾した性質は、自然界の美しくも残酷な真理を体現しています。見えないからこそ美しい、永遠の憧れの聖獣として、彼らは物語の森の中を、今も高潔に駆け続けています。
