陸奥守吉行(むつのかみよしゆき)は、明治維新の立役者・坂本龍馬が、暗殺されるその瞬間まで所持していたとされる愛刀です。 拳銃や万国公法など、新しいものを好んだ龍馬ですが、武士の魂である刀として選んだのは、故郷・土佐の名工の作でした。
土佐の名刀
兄からの贈り物
龍馬が脱藩した後、家族から送られたのがこの陸奥守吉行です。吉行は土佐藩の鍛冶奉行を務めた名工で、その刀は切れ味が鋭いことで知られていました。龍馬は手紙の中で「京都の刀工に見せたら、粟田口のようだと褒められた」と自慢げに書き残しており、非常に気に入っていたことが分かります。
近江屋事件の悲劇
抜けなかった刀
1867年11月15日、京都の近江屋で龍馬が襲撃された際、彼はとっさに床の間にあった吉行を取ろうとしました。しかし、敵の侵入があまりに早く、鞘を払って応戦することはできなかった(あるいは鞘ごと受け止めた)と言われています。残された刀には、敵の刃と切り結んだような傷跡が残っていたという説もあります。
焼失と再発見
長らく、実物の吉行は火災で失われたと考えられていました。しかし近年、京都国立博物館に寄贈された坂本家伝来の刀を最新科学で調査した結果、火災で変形したものを研ぎ直した**「本物の陸奥守吉行」である可能性が高い**ことが判明し、大きなニュースとなりました。
銃と刀のハイブリッド
刀剣乱舞での描写
ゲーム『刀剣乱舞』では、片手に刀、片手にリボルバー拳銃を持った豪快なスタイルで描かれます。「刀の時代は終わった」と言いながらも、ここぞという時は刀で戦うその姿は、時代の変わり目を生きた龍馬の矛盾と魅力を表現しています。土佐弁で話す明るい性格も人気の一つです。
【考察】龍馬の死生観
なぜ刀を持ち続けたか
護身用としてS&Wの拳銃を所持していた龍馬ですが、最期まで刀を手放すことはありませんでした。それは、彼がどれほど開明的であっても、根底には土佐の武士としての誇りがあったことの証明かもしれません。
まとめ
陸奥守吉行は、新しい日本を夢見た男の傍らに常にあった、魂のパートナーです。その刃には、志半ばで倒れた龍馬の無念と希望の両方が刻まれています。