戦国時代、「剣聖」としてその名を轟かせた鹿島新当流の開祖、塚原卜伝。「真剣勝負19回、戦場での働き37回、これら全ての戦いで一度も矢傷刀傷を受けず」。この信じがたい記録は、彼の強さが単なる剣術の技量を超え、神域の直感と見切りに達していたことを物語っています。彼は生涯を通じて数百人もの敵を斬り伏せましたが、その晩年は「戦わずして勝つ」境地に至りました。
一の太刀(ひとつのたち)
神授の秘剣
彼が鹿島神宮の森で千日間の参篭(断食修行)を行った末に、武甕槌大神より授かったとされる奥義「一の太刀」。これは単なる剣の型ではなく、天・地・人が一体となる一瞬の隙に繰り出される、回避不可能な一撃とされています。後に、足利義輝や足利義昭といった室町幕府の将軍たちにも伝授されたこの技は、当時の武士たちにとって到達不可能な憧れの頂点であり、神話的な力を持つと信じられていました。
未熟な宮本武蔵との対決?
講談や伝説の世界では、食事中の卜伝に若き日の宮本武蔵が斬りかかった際、卜伝はとっさに囲炉裏の鍋蓋でその木刀を受け止めたと言われています。史実的な年代はずれていますが、このエピソードは「剛の武蔵」に対し「柔の卜伝」という対比として、また「動」に対する「静」の強さを示す物語として、日本人の心に深く刻まれています。
無手勝流(むてかつりゅう)
戦わずして勝つ
ある時、琵琶湖の渡し船の中で、血気盛んな若侍に決闘を挑まれた卜伝は、「ここでは他の客に迷惑がかかる。近くの小島で戦おう」と提案しました。船が島に近づき、若侍が勇んで島に飛び降りた瞬間、卜伝は竿で船を岸から押し出し、そのまま悠々と去って行きました。
「卑怯だぞ!」と叫ぶ若侍に対し、卜伝は「戦わずして勝つ、これが私の無手勝流だ」と笑って答えたといいます。この有名な逸話は、最強の剣豪が行き着いた、「争わないことこそが真の勝利である」という平和的な境地を象徴しています。
まとめ
強さを求めた果てに、「戦わないこと」の強さを悟った塚原卜伝。その生涯は、武の究極が「和」であることを示唆しています。