**柴田勝家(しばたかついえ)**は、織田信長の筆頭家老として織田軍団を支え続けた歴戦の猛将です。 **「鬼柴田」「かめ割り柴田」**などの異名を持ち、その武勇は天下に轟いていました。 本能寺の変の後、台頭する羽柴秀吉(豊臣秀吉)と対立し、時代の波に抗うように古き良き武士の意地を貫きました。
瓶(かめ)割り柴田の伝説
退路を断つ
敵に城を包囲され、水が尽きかけた時、勝家は残った飲み水を兵士に配らせた後、その水瓶を槍で叩き割りました。 「もはや帰る場所はない、死ぬ気で戦え!」と鼓舞された兵士たちは決死の突撃を行い、見事に敵を打ち破りました。 この逸話から「瓶割り柴田」と呼ばれるようになりました。
北ノ庄城の最期
お市の方との別れ
賤ヶ岳の戦いで秀吉に敗れた勝家は、居城・北ノ庄城で自害を決意します。 妻である**お市の方(信長の妹)**に逃げるよう勧めますが、彼女は勝家と共に死ぬことを選びました。 二人は辞世の句を詠み交わし、炎に包まれる城の中で壮絶な最期を遂げました。
まとめ
柴田勝家は、不器用なまでに実直な「武士」でした。その潔い生き様は、敗者でありながら多くの人々に愛されています。