山があれば、そこには木が生え、野には草花が咲き乱れます。山の神オオヤマツミと共に生まれ、後に彼の妻として大地を緑で覆ったのが、草の神である**鹿屋野比売神(カヤノヒメ)**です。別名を「野椎神(ノヅチ)」とも言い、野原の精霊そのものとして描かれます。
「草の神」と聞くと、単なる雑草の神様と侮ってしまうかもしれませんが、古代において「草」はとてつもなく重要な資源でした。家の屋根を葺く材料、病を治す薬草、そして食卓を彩る食材(野菜)。日々の生活のすべてを根底で支える、文字通り「縁の下の力持ち」のような女神です。彼女の意外なご利益、特に「漬物」との深い関わりについて、詳しく紐解いていきましょう。
草と屋根を守る女神
萱(カヤ)の重要性
名前の「カヤ」は、古代の家の屋根を葺くのに使われた植物「萱(ススキやチガヤなど)」を指します。竪穴式住居から茅葺き屋根の民家に至るまで、雨風をしのぐ家を守る材料として、萱は日本人の生命線であり、非常に神聖視されていました。彼女は「草祖(くさのおや)」として、すべての草の生命を司っています。家屋の素材となる植物を守ることで、人々の安全で温かい暮らしを底支えしているのです。山の神である夫オオヤマツミが「家の骨組み(木材)」を守り、妻のカヤノヒメが「屋根(草)」を守るというのは、夫婦神としての完璧な連携と言えるでしょう。
日本唯一の「漬物の神」
萱津神社の伝説
愛知県あま市にある**萱津神社(かやつじんじゃ)**では、カヤノヒメを日本で唯一の「漬物の祖神」として祀っています。伝説によれば、昔、村人が初成りの野菜と、海から採れた藻塩をカメに入れて神前に供えたところ、偶然にも程よい塩加減で美味しい漬物ができたといいます。これが日本の漬物の始まりとされ、現在でも毎年「香の物祭」が行われ、多くの漬物業者や料理人が参拝に訪れます。野菜(草)を塩で保存し、長く美味しく食べる知恵もまた、彼女が人間に授けた恵みなのです。
まとめ
何気なく踏んでいるその草も、食卓の漬物も、そして雨風を凌ぐ家の屋根も。鹿屋野比売神の恵みは、私たちの足元から住まい、食生活に至るまで、静かに、しかし力強く根付いています。派手さはありませんが、なくてはならない「日常の守り神」なのです。