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ヴラド三世:串刺し公の恐怖とドラキュラ伝説の真実【元ネタ・強さ解説】

#Fate #アンデッド #バーサーカー #ホラー #ランサー #英雄
ヴラド三世 / Vlad III
ヴラド三世

ヴラド三世

Vlad III
ワラキア史実英雄 / 王 / 君主
英雄度★★★★★
特徴鋭い眼光を持つ貴族
功績/能力串刺し刑/護国鬼将/吸血(後世の創作)
弱点聖なるもの/日光(吸血鬼化時)
主な登場
Fate/Apocrypha悪魔城ドラキュラHELLSING

「ドラキュラ(竜の息子)」の異名を持ち、世界で最も有名な吸血鬼のモデルとなった実在の君主、ヴラド三世(ヴラド・ツェペシュ)。しかし彼の真の姿は、闇に生きる怪物ではなく、強大なオスマン帝国から小国ワラキアを守り抜こうとした、愛国心溢れる英雄でした。敵を戦慄させた「串刺し刑」という極端な恐怖政治の裏にある、彼の信念と悲劇的な運命に光を当てます。

カズィクル・ベイ(串刺し君主)

恐怖による統治

ヴラドは、国内の腐敗した貴族を一掃し、規律を正すために極めて厳格な法を敷きました。盗みを働いた者は直ちに処刑され、広場には黄金の杯が置かれたままでも誰も盗まなかったという逸話が残っています。彼が好んで用いた処刑法が、肛門から口へと木の杭を通す「串刺し刑」であり、これは見せしめとして最大の効果を発揮しました。

父親ゆずりの竜騎士

「ドラキュラ」という名は、父ヴラド二世が神聖ローマ皇帝から「ドラゴン騎士団」の騎士に叙任され「ドラクル(竜公)」と呼ばれたことに由来します。つまりドラキュラとは「竜の子」という意味であり、本来は誇り高い騎士の称号だったのです。

反オスマンの闘い

串刺しの林

1462年、メフメト2世率いるオスマン帝国の大軍が首都トゥルゴヴィシュテに迫った際、ヴラドは焦土作戦とゲリラ戦で対抗しました。そしてオスマン軍が首都に入った時、彼らが目撃したのは、2万人ものトルコ兵の捕虜が串刺しにされ、林のように並ぶ光景でした。この地獄絵図に恐れをなしたメフメト2世は、「これほどのことをやってのける男から国を奪うことはできない」と撤退したと言われています。

英雄の最期と汚名

しかし、国内の貴族の裏切りや弟ラドゥの離反により、彼は敗北し幽閉されます。後に復帰しますが、戦闘中に戦死(あるいは暗殺)しました。彼の死後、敵対勢力によるプロパガンダ(パンフレット)によって「血を好む残虐な暴君」というイメージだけが誇張して広められ、後の吸血鬼伝説の素地となりました。

吸血鬼としての復活

ブラム・ストーカーの影響

19世紀末、ブラム・ストーカーの小説『ドラキュラ』によって、彼は不死の怪物として完全にフィクションの存在となりました。現代のルーマニアでは、彼は「国を守った英雄」として再評価され、銅像も建てられています。

Fateシリーズでの苦悩

『Fate/Apocrypha』などでは、「護国の鬼将」としての誇りと、「吸血鬼」という汚名の間で苦悩する姿が描かれます。宝具「串刺し城塞(カズィクル・ベイ)」は、彼の生前の恐怖政治を具現化した強力な攻撃として表現されています。

まとめ

血に塗れた英雄ヴラド・ツェペシュ。彼が流させた血は、残酷さの証明であると同時に、国を守ろうとした激しい情熱の証でもあったのです。