1922年、王家の谷で発見された「手つかずの王墓」。そこから現れた黄金のマスクは、世界中を熱狂させました。しかし、19歳で亡くなった少年王ツタンカーメンの素顔は、黄金の輝きとは対照的に、病と障害に苦しんだ儚いものでした。なぜ彼はこれほど有名になったのか?その秘密は「忘れられていた」ことにありました。
父の宗教改革の犠牲者
異端の王の息子
彼の父アクエンアテンは、従来のエジプトの神々を捨て「アトン神」のみを崇拝する宗教改革を行いました。しかしこれは大失敗し、国は混乱。後を継いだ少年ツタンカーテン(元々の名)は、名をツタンカーメン(アメン神の生ける似姿)に変え、古い神々を復活させることで国を鎮めようとしました。
ファラオの呪い
マスコミが作った伝説
発掘に関わったスポンサーであるカーナヴォン卿が急死したことから、「墓を荒らす者には死の翼が触れるだろう」という呪いの噂が広まりました。しかし実際は、発掘者のカーターは長生きしており、これは新聞記者が面白おかしく書き立てた作り話に過ぎません。
なぜ盗掘されなかったか
瓦礫の下の奇跡
彼が歴史的に重要でなかった(在位期間が短く、功績が少なかった)ため、後の王の墓を作るときに出た土砂の下に彼の墓が埋もれてしまいました。皮肉にも、忘れ去られていたおかげで、盗掘団の魔の手から逃れ、3000年後の未来へと黄金を届けることができたのです。
【考察】杖をついた王
生前の姿
墓からは130本もの杖が発見されました。近年のCTスキャンにより、彼は生まれつき足が悪く、杖なしでは歩けなかったことが判明しています。黄金の玉座には、妻アンケセナーメンが彼に香油を塗る仲睦まじい姿が描かれており、過酷な運命の中でのささやかな幸せを伝えています。
まとめ
黄金のマスクは、単なる宝物ではなく、若くして散った王への鎮魂の祈りそのものです。その静かな眼差しは、永遠を超えて私たちを見つめています。