「ローマの敵」として最も恐れられた男、ハンニバル・バルカ。父からの誓いを胸に、地中海の覇権をかけて大国ローマに挑んだカルタゴの将軍です。象を連れて雪のアルプス山脈を越えるという常識外れの作戦や、カンネーの戦いで見せた芸術的な包囲殲滅戦は、2000年以上経った今でも士官学校で教えられる戦術の教科書となっています。
ローマへの復讐誓願
雷光(バルカ)の子
第一次ポエニ戦争で敗れたカルタゴの英雄ハミルカル・バルカの息子として生まれた彼は、幼い頃に神殿で「生涯ローマを敵とすること」を誓わされました。成長した彼は、ローマを倒すためにはイタリア本国に攻め込むしかないと考え、前代未聞の作戦を立案します。
アルプス越え
紀元前218年、彼は数万の歩兵と騎兵、そして37頭の戦象を率いて、スペインから出発しました。目指すは険しいアルプス山脈。雪崩や敵対部族の襲撃、極寒による消耗で軍の半数を失いながらも、彼はイタリア半島へ降り立つことに成功します。突然の敵軍の出現にローマはパニックに陥り、ここから10年以上にわたるローマ国内での戦争が始まりました。
カンネーの戦い
芸術的な完全勝利
紀元前216年、カンネー(カンナエ)の平原で、ハンニバル軍5万はローマ軍8万と激突します。彼は中央の歩兵をわざと後退させて敵を誘い込み、強靭な両翼の騎兵で敵を包囲するという完璧な「包囲殲滅戦」を実行しました。ローマ軍は逃げ場を失い、6万人以上が戦死するという壊滅的な被害を受けました。この戦いは、少ない兵力で大軍を倒す戦術の極致として知られています。
勝て戦に勝って勝負に負ける
しかし、ハンニバルは戦術で勝利しても、ローマの同盟都市を切り崩すという戦略目標は達成できませんでした。ローマの将軍スキピオが登場し、逆にカルタゴ本国を脅かされると、ハンニバルは帰国を余儀なくされます。ザマの戦いでスキピオに敗れた彼は、その後亡命生活を送り、最期は服毒自殺を選びました。
名将の中の名将
語り継がれる恐怖と敬意
ローマ人は子供が泣くと「戸口にハンニバルがいるぞ!」と言って脅したといいます。しかし同時に、彼らはこの最大の敵に深い敬意を抱いていました。
サブカルチャーでの扱い
『ドリフターズ』では、老獪で知的な戦術家として描かれ、織田信長からも一目置かれる存在として活躍します。一方FGOでは、不遇な扱いを受けることも多いですが、彼の実績は間違いなく英霊の中でもトップクラスです。
まとめ
ハンニバルは、個人の才能がいかに巨大な組織を翻弄できるかを証明しました。その孤独な戦いぶりは、敗者でありながら勝者以上の輝きを放っています。