マヤの密林に差し込む月光の下、水瓶を傾けて大地を潤し、あるいは破壊的な洪水を起こす女神、それがイシュ・チェルです。彼女は古典期マヤにおいて「チャック・チェル(大きな虹)」と呼ばれ、月、虹、出産、医術、織物、そして水を司る強大な女神です。彼女の姿は二面的です。若く美しい女性として描かれる時は、多産と機織りの守護者として。そして、頭に蛇を巻き、爪のある手を持つ恐ろしい老婆として描かれる時は、死と破壊をもたらす存在として畏怖されます。
創造と破壊の二面性
生を与える母
コスメル島にある彼女の神殿には、子宝を願う女性たちがカヌーに乗って巡礼に訪れました。彼女はすべての子供たちの守護者であり、出産の痛みを和らげ、新しい命を祝福します。また、彼女は最初の機織りをした神でもあり、マヤの女性たちの生活技術の象徴でもあります。
世界を洗い流す老婆
一方で、ドレスデン絵文書に描かれる彼女は、逆さにした水瓶から水を流し続ける老婆の姿をしています。これは慈雨ではなく、世界を滅ぼすほどの大洪水を意味します。マヤ神話において「虹」は不吉な予兆とされることがあり、彼女の虹は地下界から立ち上る悪い兆しとも考えられました。
偉大なる治癒者
医術の女神
イシュ・チェルは、病気を治す呪文や薬草の知識を人間に授けました。彼女は太陽神イツァムナーの妻(または対となる存在)とされ、共に世界を創造し、人類の文化を発展させたと信じられています。医者や呪術師は治療を行う際、彼女の名を呼んで力を借りました。
月の満ち欠け
彼女が若返ったり老いたりを繰り返す姿は、月の満ち欠けそのものを象徴しています。月が死んで(新月)再び生まれる(三日月)ように、彼女は死と再生のサイクルを支配しているのです。
まとめ
イシュ・チェルは、女性の人生のすべての段階(少女、母、老婆)を内包しています。彼女の水瓶から注がれる水は、命を育む恵みであると同時に、すべてを押し流す力でもあるのです。それは自然のありのままの姿です。