人類史上、最も古く、最も気難しい王と言えば彼でしょう。シュメールの最高神エンリル。彼は風であり、嵐であり、そして王権授与者です。しかし人間が増えすぎて「うるさい」という理由で、大洪水を起こして人類を滅ぼそうとした、恐るべき支配者でもあります。
エンリルとはどのような神か?
古代メソポタミア神話の実質的な最高神です。天空神アヌの子ですが、地上の支配権を譲られ、「神々の王」として君臨しました。彼は大気(風)を神格化した存在で、穏やかな春風から、すべてを破壊する嵐まで、風の二面性を持っています。「運命の粘土板(トゥプ・シムティ)」の管理者でもあり、世界の運命を決定する権限を持っていました。
神話でのエピソード
大洪水伝説
『アトラハシス叙事詩』や『ギルガメシュ叙事詩』によれば、人間が増えすぎて地上で騒ぎ立てたため、エンリルは眠りを妨げられて不機嫌になり、大洪水を起こして人類を一掃することを決定しました。しかし、知恵の神エンキが密かに人間に船を作らせて生き延びさせたため、計画は不完全に終わりました。この話は旧約聖書の「ノアの方舟」の原型とされています。
悪魔フンババ
ギルガメシュが倒した杉の森の番人フンババは、実はエンリルが森を守るために任命した守護者でした。エンリルにとって、自然を破壊する英雄ギルガメシュこそが悪党だったのかもしれません。
信仰と文化への影響
王権の源
地上の王たちは、「エンリル神によって選ばれた」と主張することで支配の正当性を得ました。彼の聖都ニップルは、政治的な首都ではなくとも、宗教的な中心地として長く栄えました。
厳しい父
人間に知恵を授けるエンキに対し、エンリルは人間に厳しく、距離を置く「超越的な神」のプロトタイプです。これは一神教の神の性質にも通じるものがあります。
【考察】その本質と象徴
自然の猛威
メソポタミアの洪水は突発的で破壊的でした(エジプトのナイルのような恵みの洪水とは違う)。エンリルの不機嫌さは、予測不能な気候変動への恐怖心が生み出した人格と言えます。
まとめ
風は誰の命令も聞きません。エンリルが吹かせる風に乗るか、吹き飛ばされるか。それが運命というものです。