長い髭を蓄え、つばの広い帽子を目深に被った隻眼の老人。その肩にはフギン(思考)とムニン(記憶)という二羽のカラスが止まり、足元にはゲリとフレキという二匹の狼が控えている。手には必中の槍「グングニル」を携え、8本足の愛馬「スレイプニル」に跨り空を駆ける。彼こそが北欧神話の頂点に立つ最高神オーディンです。 「全知全能の神」や「神々の父」と聞くと、ゼウスやキリスト教の神のような、威厳に満ちた慈愛の存在をイメージするかもしれません。しかし、オーディンの実態は全く違います。彼は知識と魔力を得るためなら自分の目玉さええぐり出し、嘘、裏切り、詐術さえも平気で行う、冷徹で貪欲な「戦いと死の王」です。 なぜ彼はそこまでして力を求めたのか?それは「ラグナロク(神々の黄昏)」という避けられない破滅の予言を知り、それに抗うためでした。なりふり構わず戦力をかき集め、狂気とも言える執念で運命に立ち向かった彼の壮絶な生き様を紹介します。
知恵への狂気的な渇望
片目を代償に
オーディンの知識への渇望を象徴するエピソードが、隻眼となった経緯です。世界樹ユグドラシルの根元にある「ミーミルの泉」には、飲むだけであらゆる知恵が得られる水が湧いていました。オーディンはこの水を飲むため、泉の番人である賢者ミーミルに対し、対価を求められました。 ミーミルが要求したのは「お前の片目」でした。オーディンは迷うことなく自らの片目をえぐり出し、泉に投げ込みました。こうして彼は隻眼となり、失った片目の代わりに、世界の真理を見通す「知恵」を手に入れたのです。彼の空いた眼窩は、底知れぬ深淵を覗く魔力の源となりました。
自分自身を生贄に
さらに彼は、強力なルーン魔術の秘密を得るために、さらに過酷な苦行を行いました。それは、自分自身の体を槍グングニルで突き刺し、世界樹の枝に9日9晩、自分自身を吊るし続けるというものでした。 「自分自身を、自分自身(オーディン)への生贄として捧げる」というこの矛盾に満ちた儀式の末に、彼は仮死状態で冥界の淵を覗き、そこからルーン文字を持ち帰ることに成功しました。 神でありながら、誰よりも「力」を求めて修行するその姿勢は、彼が迫りくる滅び(ラグナロク)を誰よりも恐れ、備えていたことの裏返しでもあります。
ヴァルハラと死せる戦士たち
戦死者集め
オーディンは「戦死者の父(ヴァルファズル)」とも呼ばれます。彼は配下の戦乙女ワルキューレたちを戦場に派遣し、勇敢に戦って死んだ戦士の魂を選び出し、天上の宮殿その名も「ヴァルハラ(戦死者の館)」へと連れて行きます。 集められた戦士たち(エインヘリャル)は、ラグナロクで神々の軍勢として巨人と戦うために、昼は殺し合いの演習をし、夜は傷が癒えて蘇り、オーディンと共に酒を飲み干す宴会をするという日々を繰り返します。 オーディンが人間界で戦争を煽ったり、英雄に試練を与えたりするのは、すべて優秀な兵士を一人でも多く確保するためです。その目的のためには、お気に入りの英雄さえも謀略によって死に追いやることがあり、「約束破り」や「裏切り者」と罵られるこさえも厭いません。全ては世界の終わりに勝つためなのです。
ゲームでのオーディン
ファイナルファンタジーシリーズ
FFシリーズでは召喚獣としておなじみです。愛馬スレイプニルに跨り、敵陣を一瞬で駆け抜けながら鉄壁の敵を一撃で両断する「斬鉄剣」は、即死効果を持つ必殺技として多くのプレイヤーに愛されています。作品によっては敵のボスとして立ちはだかり、その圧倒的な武威と威厳を見せつけます。『FF16』などの近作では、よりストーリーの中核に関わる重要なドミナントとして描かれています。
ヴァルキリープロファイル
北欧神話をベースにしたこのRPGでは、主人公レナス(ワルキューレ)の上司として登場します。傲慢で冷酷、しかし絶対的な威厳を持つ神の王として描かれ、プレイヤーに無理難題(エインヘリャルの選定)を命じます。彼の冷徹な命令の裏にある真意や、ラグナロクへの焦燥感が物語のキーとなっています。
【考察】サンタクロースの原型?
姿の類似点とワイルドハント
意外なことに、オーディンはサンタクロースのモデルの一つと言われています。「長い白髭の老人」「つば広の帽子」「空を飛ぶ8本足の馬(これが8頭のトナカイに変化)」というビジュアルイメージは、後にキリスト教の聖ニコラウス伝説と混ざり合い、現代のサンタクロース像へと変化していきました。 また、冬の夜に死者の軍勢や猟犬を率いて空を駆ける「ワイルドハント(嵐の狩猟)」という伝承の首領もオーディンだとされています。子供にプレゼントを配るのではなく、魂を刈り取る死と戦いの神ですが、その「空から来る威厳ある老人」という元型は、西洋文化の根底に深く刻まれています。
まとめ
オーディンは、来るべき終末を知りながら、恐怖に縮こまるのではなく、あらゆる知恵と力を尽くして運命に抗い続けた神でした。その冷酷な振る舞いはすべて世界を守るための布石でしたが、皮肉にも彼自身がフェンリルに飲み込まれることで物語は幕を閉じます。破滅に向かって突き進むその意志の強さと悲劇性こそが、彼を単なる支配者ではない、魅力的な最高神たらしめているのです。
