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鵺(ぬえ)

鵺(ぬえ):源頼政に討たれた日本最凶の合成獣【元ネタ・平家物語】

鵺(ぬえ) / Nue

鵺(ぬえ)

Nue
日本伝承 / 平家物語妖怪 / 合成獣
危険度★★★★
大きさ大きな雲のような怪異
特殊能力黒雲に乗る、病をもたらす、雷
弱点鏑矢、名刀
主な登場
刀剣乱舞仁王地獄先生ぬ~べ~呪術廻戦

「ヒョー、ヒョー」という不気味な、金属を擦り合わせたような鳴き声と共に黒雲が現れ、時の帝(天皇)を原因不明の病に伏させる。平安時代の京都・御所を恐怖に陥れた正体不明の化け物、それが鵺(ぬえ)です。 伝承によれば、その姿は顔は猿、胴は狸(または虎)、手足は虎、尾は蛇という、複数の動物が混ざり合った異形であり、日本版のキメラとも言える合成獣です。源頼政による鵺退治の伝説は『平家物語』にも記され、武士の武勇伝として語り継がれてきましたが、実は「鵺」という名前は元々この怪物のことではなく、ある実在の鳥を指していたことをご存知でしょうか?名前の由来から、なぜこのような奇妙な姿で描かれるようになったのか、謎多きこの妖怪の正体に迫ります。

黒雲に隠れた異形の正体

頼政による退治伝説

時は平安末期、近衛天皇の時代(1153年頃)。夜になると決まって東三条の森の方角から黒雲が湧き出し、御所・清涼殿の上を覆うと、天皇は悪夢にうなされ、高熱を出して苦しみだしました。 僧侶による加持祈祷も効果はなく、警護の武士たちが何人挑んでも正体を掴むことすらできませんでした。そこで、弓の名手として名高い源頼政が召喚されました。 頼政は先祖伝来の強弓を持ち、忠実な家来である猪早太(いのはやた)を連れて御所の屋根の下で待ち構えました。そして丑の刻(深夜2時頃)、不気味な鳴き声と共に黒雲が現れた瞬間、頼政は「南無八幡大菩薩」と念じ、心眼で雲の中の怪異に狙いを定めて矢を放ちました。 「手応えあり!」 矢は見事に命中し、悲鳴と共に庭先へ落下してきた物体を、すかさず猪早太が短刀で仕留めました。松明の明かりでその正体を確認すると、頭は猿、体は狸、手足は虎、尾は蛇という、見たこともない奇怪な獣でした。この功績により、頼政は天皇から名刀「獅子王」を賜ったとされています。

遺体の行方と祟り

退治された鵺の死体ですが、都に置いておくのは祟りがあって恐ろしいということで、丸木舟に乗せられ、鴨川に流されました。それが淀川を下り、漂着した場所(現在の大阪市都島区など)の人々が手厚く葬り、「鵺塚」として供養塔を建てました。今でも鵺塚は残っており、土地の人々によって守られていますが、祟りを恐れて改修工事などが難航することもあるそうです。

「鵺」という名前の謎

元々は「鳥」の名前

実は奈良時代などの古い文献では、「鵺」とは妖怪ではなく、トラツグミという実在の鳥そのものを指す言葉でした。トラツグミは夜行性で、夜中に「ヒョー、ヒョー」と口笛のような悲しい声で鳴くため、当時の人々にとって非常に不気味で不吉な「凶鳥」として恐れられていました。 『平家物語』の記述でも、当初は「鵺の声で鳴く、得体の知れない獣」と表現されていました。つまり「鵺(トラツグミ)のような声を持つ化け物」だったのですが、いつしかその名前が混同され、獣そのものが「鵺」と呼ばれるようになったのです。

正体不明の代名詞

この「得体の知れない」「複数の要素が混ざっている」という性質から、現代日本語でも、掴みどころがなく正体がはっきりしない人物や物事、あるいは主張がコロコロ変わる人物を「鵺のような」と表現することがあります。鵺は特定の姿形を持つ恐怖の対象であると同時に、認識できない不安そのものの象徴なのです。

現代作品の鵺

呪術廻戦

人気漫画『呪術廻戦』では、主要キャラクター伏黒恵が使用する「十種影法術」の式神の一つとして鵺が登場します。ここでは伝統的なキメラの姿ではなく、フクロウのような顔に骸骨の仮面をつけ、帯電する翼を持つ巨大な鳥型の妖怪としてリデザインされています。主人公たちを背に乗せて運ぶなど、機動力の高い飛行戦力として活躍します。雷属性を持つという設定は、鵺が黒雲(雷雲)と共に現れるという伝承とリンクしています。

刀剣乱舞

ゲーム『刀剣乱舞』には、鵺退治の恩賞として与えられた太刀「獅子王」が刀剣男士として登場します。彼の肩に乗っている黒い未確認生物のようなマスコットこそが「鵺」であり、退治した側とされた側が仲良く(?)共存しているユニークなデザインとなっています。

【考察】干支(方位)の合成?

丑寅(北東)=鬼門

鵺の構成要素である「虎(寅)」「蛇(巳)」「猿(申)」などの動物は、方位や干支に関係しているという説が有力です。 平安京の中心から見て、災いがやってくるとされる方角(鬼門など)に割り当てられた動物たち、すなわち「北東(寅)」「南東(巳)」「南西(申)」「北西(戌・亥…犬や猪、あるいは狸?)」の要素を繋ぎ合わせた姿が、都を襲う邪悪な気の塊として具現化したのではないかと考えられます。 つまり鵺は、単なる野生動物の変異体ではなく、都を取り巻く「悪い方位」や「陰の気」が凝縮して生まれた、都市伝説的なモンスターだったのかもしれません。

まとめ

鵺は、平安貴族たちの闇への恐怖心と、夜の静寂を破る鳥の声が生み出した究極のキメラです。姿形がちぐはぐであることは、この世の理(ことわり)から外れた存在であることを意味し、それを射落とした源頼政の武勇は、もはや貴族の祈祷では解決できないトラブルを、武士の力が解決する時代の到来を告げる歴史的な転換点でもあったのです。