「私ではない誰かが、私の中で喋っている」...ユダヤ教の神秘主義カバラにおいて、最も恐ろしい現象の一つが「ディボック(Dybbuk)」です。それは悪魔ではなく、罪を犯して死んだ人間の魂が、安息を得られずに生者に逃げ込んだ成れの果てなのです。
執着する魂
名前の由来
ディボックはヘブライ語で「付着するもの(to cling)」を意味します。生前に重い罪を犯したか、この世に強い未練を残して死んだ魂が、ゲヘナ(地獄)へ行くことを拒み、精神的に弱った人間に「粘着」して取り憑くのです。
憑依の症状
ディボックに取り憑かれた人間は、別人のような声で喋り、知らないはずの知識を語り、暴力的になります。これは現代の多重人格や統合失調症の症状と酷似しており、かつて精神疾患はディボックの仕業と考えられていました。
魂の救済と追放
悪魔祓いの儀式
キリスト教のエクソシズムとは異なり、ユダヤ教におけるディボック祓いは、憑依した霊を「癒やし、導く」側面があります。ラビ(宗教的指導者)は、霊に名前を尋ね、なぜこの世に留まっているのかを聞き出し、約束の地へ行くよう説得、あるいは強制的に追放します。
演劇『ディボック』
20世紀初頭、この伝承を題材にした演劇『ディボック』が大ヒットし、世界中にその名が知られるようになりました。叶わぬ恋ゆえに恋人に取り憑いた青年の悲劇として描かれています。
ポップカルチャーでの恐怖
映画『ポゼッション』
サム・ライミ製作のホラー映画など、現代ホラーでは「閉じ込められた箱(ディボック・ボックス)」から解き放たれる凶悪な悪霊として描かれることが多く、純粋な恐怖の対象となっています。
ゲーム作品
『ウィッチャー3』や『女神転生』では、物理攻撃が効きにくい厄介な霊体モンスターとして登場し、プレイヤーを苦しめます。
【考察】
輪廻転生と憑依
ユダヤ教の一部には「魂の輪廻(ギルグル)」という概念があり、ディボックはそのサイクルから外れたバグのような存在です。死後もアイデンティティを保ち続けることへの人間の根源的な執着を象徴しています。
まとめ
ディボックは、死してなお生にしがみつく人間の哀れさと恐ろしさを体現した悪霊です。あなたの心が弱っている時、彼らはその隙間に入り込もうと狙っているかもしれません。