大きく裂けた口、剥き出しの牙、そして額から生えた二本の角。怒りと悲しみが入り混じったような凄まじい形相の「般若面」。実はこれ、単なる鬼の顔ではなく、「嫉妬に狂った女性」の成れの果てだということをご存知でしたか?
なぜ「般若」と呼ばれるのか
名前の由来
仏教用語で「般若」とは「悟りを開く知恵」を意味します。一説には、般若坊という僧侶がこの面を作ったからとも、『源氏物語』の葵上(あおいのうえ)で怨霊を退治するために般若経を読んだからとも言われています。皮肉にも、知恵とは対極にある情念の象徴にこの名が定着しました。
三段階の変化
能では、女性の嫉妬が深まるにつれ、面が変化します。
- 生成(なまなり): まだ人間らしさが残る、角が生えかけた状態。
- 中成(ちゅうなり): 般若の状態。怒りと悲しみが極まった形。
- 本成(ほんなり): 完全に蛇体・鬼となった最恐の状態(蛇面など)。
二面性を持つ表情
怒りと悲しみ
般若面を正面から見ると激しい怒りの形相ですが、少し下を向けると(「クモラス」という技法)、眉間にしわを寄せた泣き顔のように見えます。これは、鬼になりたくてなったわけではない、女性のやるせない悲しみを表現していると言われています。
まとめ
般若面は、ただ恐ろしいだけのオカルトアイテムではありません。愛ゆえに人を恨み、鬼にならざるを得なかった、人間の業(ごう)と悲しみを映し出す鏡なのです。