「平家にあらずんば人にあらず」。栄華を極め、武士として初めて太政大臣にまで登り詰めた男。平清盛。古い貴族社会を破壊し、武士の時代を切り開いた革命児。
平清盛とはどのような英雄か?
平安時代末期の武将であり、平氏の棟梁として一時代を築いた英雄です。保元の乱・平治の乱という二つの内乱を勝ち抜いて朝廷内での地位を確立し、武士として初めて太政大臣にまで登り詰めました。彼は日宋貿易を積極的に推進して莫大な富を蓄え、娘の徳子を高倉天皇に入内させてその子(安徳天皇)を即位させるなど、既存の貴族社会の仕組みを利用して権力を掌握しました。神戸の福原への遷都を計画するなど、革新的な国づくりを目指しましたが、その強引すぎる手法は旧勢力や他の武士団の激しい反発を招き、源頼朝らの挙兵を許すことになります。最後は高熱の病に倒れ、「頼朝の首を我が墓前に供えよ」という呪詛のような遺言を残してこの世を去りました。
伝説でのエピソード
高熱の死
『平家物語』では、死の間際の清盛の体は高熱を発し、水につければ瞬く間にお湯になったと描かれています。これは彼の激しい情熱と、南都焼き討ち(東大寺大仏殿の焼失)などの「仏敵」としての報い、業の深さを象徴しているとされます。
厳島神社
彼が篤く信仰し、一族の繁栄を祈願して整備したのが現在の厳島神社です。海上に社殿を建てるという独創的かつ大胆な発想は、彼の優れた美意識と、海を通じて世界(宋)と繋がろうとした海洋国家構想を今に伝えています。
後世への影響と言及
悪人か改革者か
長らく「天皇を蔑ろにした悪人」「驕れる者の象徴」として描かれてきましたが、近年では閉塞した貴族社会を打破し、経済立国を目指した先見性のある政治家として再評価されています。
エンタメ
大河ドラマやゲームでは、強大な魔王、あるいは豪快な英雄として描かれることが多いです。
【考察】その本質と象徴
早すぎた天才
彼の構想(福原遷都、貨幣経済の導入)は当時の常識を超えていました。時代が彼に追いついていなかったのです。
まとめ
彼は確かに驕ったかもしれません。しかし、彼が見ていた海の向こうの景色は、誰よりも広大でした。