**菅原道真(すがわらのみちざね)は、平安時代を代表する天才学者であり、政治家です。 現在は「学問の神様(天神様)」として受験生から絶大な信仰を集めていますが、その死後は「日本三大怨霊」**の一人として恐れられ、皇城(平安京)に落雷をもたらし、天皇を震え上がらせた祟り神でもあります。
平安の天才
異例の出世
幼少期から詩歌の才能を発揮し、学者(文章博士)の家系でありながら、宇多天皇の信頼を得て右大臣にまで異例の昇進を遂げました。 遣唐使の廃止を建言したことでも知られ、日本の国風文化の発展に大きく寄与しました。
大宰府への左遷と死
昌泰の変
その才能と出世は、藤原時平ら有力貴族の嫉妬を買いました。 901年、無実の罪を着せられて九州の大宰府へ左遷(配流)され、その地で失意のうちに亡くなりました。 「東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな」という和歌はあまりにも有名です。
天神の祟り
清涼殿落雷事件
道真の死後、京では疫病や天変地異が相次ぎました。 さらに、道真を陥れた藤原時平が急死し、内裏の清涼殿に雷が落ちて多くの死傷者が出たことで、「道真の祟り」と恐れられました。 朝廷は彼を鎮めるため「天満大自在天神」の神号を贈り、北野天満宮を建立しました。
まとめ
菅原道真は、人の世の不条理と、それを超える信仰の力を象徴する存在です。今日、私たちが手を合わせる天神様は、かつて日本を震撼させた最強の怨霊の、鎮まり清められた姿なのです。