**藤原道長(ふじわらのみちなが)は、平安時代中期に摂関政治の全盛期を築いた最高権力者です。 四男として生まれながら、兄たちの相次ぐ死と姉・詮子の後押しにより政権を掌握。3人の娘を皇后・中宮とし、「一家三后(いっかさんごう)」**という前代未聞の栄華を極めました。
望月の歌
この世をば我が世とぞ思う
「この世をば 我が世とぞ思う 望月の 欠けたることも 無しと思へば」 この有名な和歌は、彼が最高権力を手にした宴の席で詠まれました。 傲慢とも取れますが、政敵との激しい権力闘争を勝ち抜いた達成感と、一族の繁栄を確信した瞬間の輝きが込められています。
紫式部との関係
パトロンとしての道長
道長は『源氏物語』の作者・紫式部のパトロンでもありました。 娘の彰子(しょうし)に仕えさせ、文化サロンを形成することで、天皇の寵愛を娘に向けさせようとする政治的な意図が、日本文学の傑作を生み出す土壌となりました。
まとめ
藤原道長は、権力欲だけでなく、文化芸術を庇護し、平安貴族文化(国風文化)を爛熟させた立役者でもあります。その日記『御堂関白記』は世界記憶遺産にもなっています。