藤原鎌足(ふじわらのかまたり)、旧名・中臣鎌足は、日本古代史上最大級のクーデター**「乙巳の変(大化の改新)」**の立役者です。 中大兄皇子(のちの天智天皇)と蹴鞠(けまり)の会で出会い、強大な権力を持っていた蘇我氏を打倒。その後、千年にわたり朝廷を支配することになる「藤原氏」の始祖となりました。
蘇我入鹿の暗殺
飛鳥板蓋宮の惨劇
645年、飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのミヤ)にて、鎌足は中大兄皇子と共に蘇我入鹿を急襲しました。 儀式の最中、隙を見て斬りかかり、独裁的だった蘇我本宗家を滅ぼしました。この計画の緻密さから、鎌足は稀代の策士として知られています。
藤原姓の賜り
最期の栄誉
改新政治を推進し、天智天皇の最も信頼できる側近として活躍しました。 死の直前、天皇から**「藤原」**の姓と、最高位である「大織冠(だいしょくかん)」を授かりました。 彼の子孫(不比等ら)がこの姓を受け継ぎ、平安時代の摂関政治へと繋がっていきます。
まとめ
藤原鎌足がいなければ、その後の日本の歴史、特に貴族社会のあり方は全く違ったものになっていたでしょう。彼はまさに歴史の転換点を作った男です。