「鳥なき島の蝙蝠」と揶揄されたこともありましたが、長宗我部元親は間違いなく四国の英雄でした。色白で大人しく「姫若子(ひめわこ)」と呼ばれた少年が、初陣で槍の使い方も知らなかった状態から覚醒し、「鬼若子(おにわこ)」として四国全土を席巻するまでのサクセスストーリー。
遅咲きの天才
槍の使い方は?
22歳での遅い初陣。彼は家臣に「槍はどうやって突くのだ?」と聞き、家臣が「目をつぶって敵に向かって突けば良いのです」と答えたという逸話があります。彼はその通りに実行し、敵を討ち取りました。ここから彼の快進撃が始まります。
最強の農民兵団「一領具足」
半農半兵の強み
彼は「一領具足(いちりょうぐそく)」というシステムを完成させました。普段は農民ですが、鎧一式を常に畑に置いておき、有事には即座に兵士になる集団です。この機動力とハングリー精神が、長宗我部軍の強さの秘密でした。
豊臣軍との戦いと没落
夢の終わり
念願の四国統一を果たした直後、豊臣秀吉の20万の大軍が押し寄せました。奮戦虚しく降伏し、土佐一国に押し込められてしまいます。さらに最愛の長男・信親を戸次川の戦いで失い、晩年は性格が荒んでしまいました。
現代作品での元親
戦国BASARA
「アニキ」と呼ばれ、海賊のような風貌で部下から慕われる熱血漢として描かれます。史実の海賊要素は薄いですが、四国の海と荒々しいイメージが定着しています。
長宗我部元親は、土佐の小大名から身を起こし、一代で四国を統一した姫若子(ひめわこ)と呼ばれた武将です。その鳥なき島の蝙蝠という異名は、織田信長や豊臣秀吉といった中央の権力者との絶妙な外交感覚と、四国という辺境での強力な支配力を皮肉りつつも称賛するものです。一領具足という独自の兵農分離システムも彼の勢力を支えました。
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まとめ
地方の英雄が天下人に挑み、そして敗れる。長宗我部元親の人生は、戦国時代の過酷さと、夢を見ることの代償を私たちに教えてくれます。