「我こそは新皇なり」。平安時代中期、京の朝廷に弓を引き、関東一円を独立国のように支配しようとした武将、平将門。日本史上唯一、天皇以外の者が「皇」を名乗ったこの反乱(承平天慶の乱)は、武士の世の到来を告げる先駆けでした。しかし彼の真の伝説は、その死後、日本最強の「怨霊」として語り継がれていることかもしれません。
新皇の夢と挫折
坂東の英雄
将門は元々、一族間の領地争いに巻き込まれる形で戦い始めましたが、国府を襲撃し、重税に苦しむ民衆に味方したことで、坂東(関東)の英雄として祭り上げられました。「藤原氏が政治を独占する京の朝廷よりも、自分たちの王を」という期待に応え、彼は新皇即位を宣言しました。しかし、朝廷が派遣した藤原秀郷・平貞盛らによって討ち取られ、その野望はわずか2ヶ月で潰えました。
東へ飛んだ首
京都で晒し首にされた将門の首は、夜な夜な目を見開き「胴体をつないで一戦させろ!」と叫んだといいます。そしてある夜、首は光を放って東へと飛び去り、現在の東京・大手町周辺に落ちました。これが「将門の首塚」です。この首塚を動かそうとすると必ず関係者に不幸が起きる(GHQですらブルドーザーを横転させて諦めた)という都市伝説は有名で、現在も東京の守護神、あるいは祟り神として、誰もが恐れ敬う場所となっています。
現代への影響と伝承
ポップカルチャーでの再解釈
平将門の伝説は、現代のエンターテインメント作品において頻繁に取り上げられています。特に日本のゲームやアニメ(『Fate/Grand Order』など)では、史実や伝承の特徴を色濃く反映しつつも、大胆な独自の解釈を加えたキャラクターとして描かれることが多く、若い世代にその名を知らしめるきっかけとなっています。史実の重みとファンタジーの想像力が融合することで、新たな魅力が生まれているのです。
阿頼耶識(アラヤシキ)としての側面
伝説の英雄たちは、人々の集合的無意識(阿頼耶識)に刻まれた「元型(アーキタイプ)」としての側面を持ちます。平将門が象徴する英雄 / 武将としての性質は、時代を超えて人々が求める理想や、あるいは恐れを具現化したものと言えるでしょう。物語の中で彼らが語り継がれる限り、その魂は不滅であり、私たちの心の中で生き続けていくのです。
歴史と伝説の狭間で
私たちが知る平将門の姿は、同時代の一次資料に残された実像とは異なる場合があります。長い年月の中で、口承文学や後世の詩人・作家たちの創作によって脚色され、時には超自然的な能力さえ付与されてきました。しかし、そうした「虚構」が混じり合うことこそが、英雄を単なる歴史上の人物から「伝説」へと昇華させている所以であり、歴史の教科書だけでは語り尽くせない魅力の源泉なのです。
まとめ
時代を超えて愛される平将門。その伝説は、現代のファンタジー作品などにも形を変えて受け継がれています。