「戦わずして勝つ」ことこそが最上の勝利である。今から2500年以上前、戦争の本質を冷徹に見抜き、現代のビジネスやスポーツにも通じる普遍的な戦略論を説いた天才、それが孫子(そんし)、本名を**孫武(そんぶ)**です。中国・春秋時代の呉に仕え、弱小国を最強の軍事大国へと変貌させた彼の実像と、世界最高の兵法書『孫子』に込められた極意に迫ります。ビル・ゲイツや孫正義など、世界のリーダーたちも愛読する彼の教えとは?
宮女の処刑と軍律
甘えは許さない
孫武の厳格さを物語る有名なエピソードがあります。呉王闔閭(こうりょ)に招かれた際、王の寵愛する宮女たちを使って軍事訓練を行うことになりました。しかし宮女たちは孫武の号令を「ごっこ遊び」だと思って笑い、従いませんでした。孫武は「命令が徹底されないのは隊長(宮女のリーダー)の責任」として、王の助命嘆願を無視し、その場で王の寵姫二人を処刑してしまったのです。
これに震え上がった残りの宮女たちは、一糸乱れぬ動きを見せるようになりました。孫武は「軍隊において最も重要なのは規律である」ことを、血をもって証明したのです。王は当初不機嫌になりましたが、後に孫武の将軍としての才を認め、重用することになりました。
風林火山と情報戦
疾きこと風の如く
武田信玄の旗印としても有名な「風林火山」は、『孫子』の軍争篇にある言葉です。「疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し」。これは状況に応じた臨機応変な行動の重要性を説いています。
また、孫子は「彼を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず」と述べ、スパイ(間者)を使った情報収集の重要性を強調しました。敵の情報を徹底的に分析し、勝てる条件が揃って初めて戦う。無駄な戦いは避ける。このリアリズムこそが、孫子の兵法が時代を超えて支持される理由です。
まとめ
孫武自身はある時期から歴史の表舞台から姿を消しますが、彼が残した13篇の兵法書は、人類の知恵の結晶として輝き続けています。人生という戦場を生き抜くためのヒントが、そこには詰まっているのです。