「人屠(じんと=人間を屠る者)」。そう呼ばれて恐れられた男がいます。秦の将軍・白起。彼は生涯で70以上の城を落とし、100万人以上の敵兵を殺したと言われています。特に長平の戦いでの40万人生き埋めは、歴史上類を見ない虐殺として語り継がれています。なぜ彼はそこまで殺したのか?最強の将軍の闇に迫ります。
秦の天下統一の立役者
生涯無敗
彼は戦場において完璧でした。敵の弱点を見抜き、徹底的に叩く。その戦術眼は神がかっており、彼が指揮する軍隊に勝てる国はありませんでした。後の始皇帝による中華統一は、白起が各国の軍事力を予め削ぎ落としていたからこそ可能だったのです。
長平の戦いと40万の怨念
悪夢の決断
趙軍40万人を包囲し、投降させた後、彼は「秦にこれだけの捕虜を養う食料はない。反乱を起こされたら終わりだ」と判断し、少年兵240人を除いて全員を穴に埋めて殺しました。これは古代の戦争における最も合理的な、そして最も非人道的な「処理」でした。
悲劇的な最期
功高すぎて主を震わす
あまりにも強すぎた彼は、自国の宰相や王からも恐れられるようになりました。最後は無実の罪を着せられ、自害を命じられます。「私は40万人を殺した。死ぬのも当然か」。そう言い残して自ら剣に伏したと伝えられています。
現代作品での白起
キングダム
旧六大将軍の筆頭として登場。圧倒的な武力と威圧感を持つ「怪鳥」王騎が尊敬するほどの怪物として描かれています。常に虚ろな目をしながら敵を殲滅する姿は、戦争というものの不気味さを体現しています。
白起(Haku Ki)は、戦国時代の秦における最強の名将の一人です。長平の戦いでの大量坑殺など、その冷徹なまでの軍事的合理性は恐れられましたが、生涯無敗と言われるその実績は中華統一の礎となりました。彼の実績は、後世の軍事指導者たちにも多大な影響を与えています。
まとめ
白起は、戦争の天才であり、その残酷さゆえに歴史に刻まれた業の深い英雄です。彼の名は、強さへの畏敬と、戦争への恐怖と共に記憶されています。