開発と自然保護の対立は現代だけの問題ではない。古代日本においても、人間が原野を切り拓く時、そこに住まう「先住者」との激しい争いがあった。『常陸国風土記』に記された夜刀神(ヤトノカミ)は、まさにその象徴である。
角の生えた蛇の大群
姿と伝承
夜刀神は、現在の茨城県行方市にあたる地域に棲んでいたとされる土着の神である。 その姿は「体は蛇で、頭に角が生えている」とされ、一匹ではなく集団で現れ、それを見た一族は滅びると恐れられた。
箭括麻多智との戦い
「ここより先は神の地、ここは人の地」
継体天皇の時代、**箭括麻多智(やはずのまたち)**という男が開墾を行おうとした際、夜刀神の群れが邪魔をした。 激怒した麻多智は甲冑で武装し、「ここから上は神の土地、下は人の田とする。守らなければ殺す!」と宣言し、境界に杭を打って神を追い払った。
続く戦い
後に孝徳天皇の時代、**壬生連麿(みぶのむらじまろ)**が池を作ろうとした際にも夜刀神が現れたが、麿は「民を生かすために池を作るのだ。逆らう神は斬り捨てよ」と命じ、ついに夜刀神たちは姿を消したという。
【考察】敗れ去る自然神
人間中心主義の勝利
夜刀神の物語は、日本神話には珍しく人間が神を力ずくで打ち負かすエピソードである。 これは、古代国家の勢力が地方の土着信仰(自然そのもの)を征服し、管理下に置いていく過程を生々しく描いた歴史の記録と言えるだろう。
まとめ
夜刀神は、文明の発展の陰で追いやられた「荒ぶる自然」の悲しき化身なのかもしれない。